熱中症で倒れたのだが……
「つい先日、夫と小学生の二人の息子と四人で出かけたんですが、私、歩いている途中でなんだか気分が悪くなってしまって」ジュンコさん(42歳)は、お出かけにはしゃいでいる10歳と7歳の子どもたちに気を遣わせたくなかったため、つい我慢してしまっていた。子どもたちは久々に買ってもらったゲームなどを抱えていたが、ジュンコさんは家族の洋服など大きな紙袋を2つも持っていた。
「夫は、オレは何かあったらとっさに子どもたちを守らなくちゃいけないからと荷物を持つのを嫌がって。いつもそうだから、私も何も言わなかったんですが、だんだん気分が悪くなり、ちょっと意識がぼうっとしてきたんです」
そのうち足取りがおかしくなり、ついにしゃがみこんでしまった。子どもたちが気づいて立ち止まり、「お母さん」「どうしたの、大丈夫?」と騒いでいる。ところが肝心の夫はそばによるなり、「みんな見てるからさ、立ち上がりなよ」と言った。
「立てるものなら立ってますよ。もうだめだと思ったから救急車を呼んでと言ったんです。でも夫はスマホをいじりながら、『え、救急車?』などとグズグズ言ってる。その後、私は意識を失いました」
病室でも不機嫌そうな夫
気づいたら病院だった。やはり熱中症で、中程度と重度の間くらい。相当つらかったでしょうと医師にも言われた。「夫は病室にいなくて、看護師さんに呼ばれてやっと入ってきた。子どもたちはと言ったら、『おふくろに来てもらって先に帰した』と。『具合悪いならさっさと言えよな』と不機嫌そうでした。
その瞬間、『ああ、人生を間違えてる、私』と思いました。共働きで生活しているのに家事負担は圧倒的に私が多い。元気でいるときはそれでもいいけど、家族で出かけて目の前で私が苦しんでいるのに救急車1つ呼んでくれない。こんな人と一緒にいていいんだろうかと情けなかった」
友達のようにさっぱりした関係、男女差のない関係を目指してきたが、それが間違っていたかもしれないと確信したとジュンコさんは言った。
平等だけど思いやりはない
立場は対等、だが互いに思いやりをもって互いに補いあえる関係が、ジュンコさんの理想とするところだった。だが夫は別の解釈をしていたらしい。「瀕死の状態でもないのに救急車は大げさだと思った。あんな人の多いところで救急車を呼ぶのは恥ずかしいし、もっと重病の人がいたらと考えると簡単には呼べなかったというのが夫の言い分。でも私は意識朦朧としていたし、あとから子どもに聞いたら、通りすがりの人が冷たいペットボトルで首の後ろなどを冷やしてくれたんだそうです。それでいて夫が何もしていない方がよほど恥ずかしいと思うんですけどね」
急な事態に夫はおろおろするばかりで何も手を打てなかったのではないかとジュンコさんは推測している。それでも、恥ずかしいというのは言い過ぎだ。
「彼は私がもっと重症でも、別に心配はせず、なるようにしかならないと思うのかもしれませんね。友達関係のようにさっぱりした夫婦だったわけではなく、単に夫が冷たいだけだと分かりました」
その後、子どもたちが祖母に状況を話したため、さすがの義母も息子に説教をしたようだが、「夫婦のことは放っておいてと言われた」そうだ。義母は「ごめんね。あんなに思いやりのないヤツだと思わなかった」とジュンコさんに謝ったという。
夫を「諦めた」私
「たぶん、夫は自分のこと以外に興味がないんですよ。そういえば子どもたちが小さいころ、急な発熱で私がおろおろしていても『医者に連れていけばいいじゃん』と言い放って自分はさっさと寝てしまったことがありました。明日から出張だから、しっかり寝ておかなければと言って。あのときも呆然としたけど、夫はちっとも変わってなかったということだとよく分かりました」ふだんはともあれ、緊急事態には打つべき手を迅速に打ち、少しは心を寄せてくれるのではないかと、あの一件以降も期待を持っていた。だが、今回のことでジュンコさんは完全に「諦めた」と言う。
「あとは諦めた私が、子どもたちが成人するまでどうやって暮らしていくか。しっかり心の準備だけはしておこうと思っています」
そして今日も夫は何ごともなかったかのように、ジュンコさんの作った夕飯を「うまい」と言いながら食べている。