『ほんとうの中国 日本人が知らない思考と行動原理』(近藤大介著)では、日本を代表する中国ウォッチャーの著者が、日本人が知らない中国人特有の思考と行動原理を、中国在住時の経験を交えながら分かりやすく解説。
今回は本書から一部抜粋し、中国が日本とは比較にならない「ハイリスク社会」と言われる理由を紹介する。
油断すると蹴落とされる
古代の中国大陸は、まさに弱肉強食の世界だった。広大な平原の周囲360度から、24時間365日、いつ何者が襲ってくるか知れない。特に、勇猛果敢な騎馬民族の襲来を恐れた。そのため、中国社会を一言で言い表すとしたら、前述したように日本とは比較にならないハイリスク社会である。今世紀の初頭になって、江沢民主席が「いまやわが国は国境の懸念がなくなった」と誇った。その後、胡錦濤政権初期の2004年に、ロシアとの4249kmもの長い国境を完全に画定。未画定なのは、ヒマラヤ山脈沿いのインドとブータンとの国境だけになった。だが、他国が中国に侵略してくるリスクが低減しても、国内でのハイリスクな社会は、それほど変わらなかった。
私は今世紀に入って北京に3年暮らしたが、毎日下りのエレベーターに乗って生活しているような心境だった。自分がじっとしていると、日本では「不動」だが、中国では多様なリスクが発生して、たちまち周囲から蹴落とされてしまう。
そのため水に溺れた人のように、つねにもがいていないと、現状維持もままならないのだ。まことにエネルギーと神経を使う社会である。
信じがたい日常のトラブル
私の生活経験で言うと、朝起きてカーテンを開けたら、カーテンが崩れ落ちてきたことがあった。テレビを観ていて居間のシャンデリアが落下してきたこともある。マンションの施工がいい加減なのだ。
窓を開ければ、PM2.5の公害に咳き込む。閉めていても、地下駐車場のガソリンまみれの空気が換気扇から流れ込んできたりする。
朝から夜までひっきりなしに詐欺まがいの電話がかかってくる。
エレベーターが1週間以上にわたって停止したり、ロビーの外に出たら大型ソファが上階から落ちてきたり、道路のマンホール部分が穴になっていたり、地下の水道管が破裂して水が噴き出したり、上りのエスカレーターが突然止まって下りに逆走を始めたり……。
出勤のためバス停で待っていたら、隣の旧い12階建てマンションを突然、ダイナマイトで破壊。白煙が降り注いで身体じゅう真っ白と化したこともあった。
経済も政治も不安定な社会
経済の分野でも、民営企業が突然潰れたり、夜逃げしたり、株価が暴落したり、政府の経済政策が急変したり……。私が北京に越してきた時、マンションの周囲にあった約90店舗のうち、3年後に残っていたのはわずか5店舗だけだった。
政治の分野でも、高位の幹部が突然失脚したり、拘束されたり、謎の死を遂げたり……ちなみに2024年には88.9万人もの共産党員が、党紀政務処分を受けている。
とにかく、中国に暮らしていると、生きるということはかくも大変なことなのだと実感する。日々是リスク也だからだ。
近藤 大介(こんどう・だいすけ)プロフィール
1965年生まれ。埼玉県出身。東京大学卒業。国際情報学修士。講談社入社後、中国、朝鮮半島を中心とする東アジア取材をライフワークとする。講談社(北京)文化有限公司副社長を経て、講談社特別編集委員。Webメディア『現代ビジネス』コラムニスト。『現代ビジネス』に連載中の「北京のランダム・ウォーカー」は日本で最も読まれる中国関連ニュースとして知られる。2008年より明治大学講師(東アジア論)も兼任。2019年に『ファーウェイと米中5G戦争』(講談社+α新書)で岡倉天心記念賞を受賞。