両親が熟年離婚したら
「父は昔ながらの昭和の男で、母を顎で使うタイプでした。母も口答えすると面倒なことになると黙って従っていた。私はいつもそんな両親を見るのが苦痛でした」そう語るのはマユミさん(33歳)だ。彼女は就職と同時に家を出て、一人暮らしを始めた。両親を見ていたためか、仕事が充実しているためか、今まであまり結婚したいと思ったことがない。
「1年前、母からいきなり『離婚するから』と連絡がありました。今さらかと思いましたが、父の定年を待っての離婚だったようです」
その後、母は毎日のように連絡を寄越すようになった。離婚するからと言ったのに、父の愚痴を延々と繰り返す。電話には付き合いきれないと言うと、今度はLINEが止まらない。
「離婚すると言っているのに悪態が止まらない。まあ、母が気持ちを整理しているのかなと思って、たまに返信する程度にとどめておきました。しばらくして、『あんたが相談に乗ってくれないから弁護士を頼んだ』と言ってきた。それならうまくいくでしょと放っておいたら、半年後にようやく離婚できたと。父は離婚は受け入れられないと言っていたようですが、最終的には裁判までちらつかせた母の剣幕に諦めたようです」
父の代わりにされるのは嫌
還暦を過ぎての母のエネルギーには驚かされたが、自立して生きていくのもいいだろうとマユミさんは静観していた。娘とはいえ、親とは別人格。まだ元気な両親に干渉するのは失礼だと思ったのだ。「ところが母が一人暮らしを始めたのは、私が住んでいるのと同じ町。歩いて5分とかからない。母はパートを続けるつもりだと言っていたのに職場から遠くなる。そう言うと『だって、あんたが近くにいた方が心強いもの』って。互いに一人暮らしなんだから、私を頼らないでよと言ったら、『冷たいわね』と涙ぐむ。離婚なんてしない方がよかったんじゃないのと思いました」
母は父の亭主関白ぶりを嘆きながらも、心のどこかで父を頼っていたのかもしれない。自分が父の代わりにされるのは嫌だとマユミさんは思った。
母が引っ越してきたとき、1日だけ手伝いに行った。それはここに置いて、そっちはあそこへと母は娘に指示を出して張りきっていたが、マユミさんにとっては「母に命令されているようにしか思えなかった」という。なぜなら、母は口だけ出して自分は何もしようとしなかったから。
「私はあなたの家政婦じゃないからねと言ったら、『重いものは持てないもの』と。そんなことじゃ一人暮らしはできない、何もかも自分でやらなくちゃいけないんだからねと諭したんですが、『大丈夫、あんたがいるもの』と。だから私を頼られても困る、私には私の人生があるんだからと強く言いました。『どうせ結婚の予定もないんでしょ。だったらいいじゃない』という一言に思わずカッとして、私は部屋から出ていきました」
父に連絡してみると
自分もすぐにカッとする父は好きになれなかったが、母には人の神経を逆なでするところがあるのかもしれないとマユミさんは思い至った。まったく連絡を寄越さない父のことが少しだけ心配だった。「だから父に連絡してみたんです。すると父は『オレが悪かったんだろうなあ、いいかげんあなたの家政婦から解放してちょうだいとお母さんに言われたんだよ』と弱々しい口調でした。母は自分が父の家政婦だったと思ってる、そして今度は私を家政婦扱いしようとしている。そんな気がしました」
心配するマユミさんに、父は「働けるうちは働くし、一人でなんとかなるから」と言葉少なに語った。
「父が母に怒鳴っているイメージが私の中では強かったんですが、久しぶりに父と話してみたら、案外、父の方が付き合いやすいのかもと思いました。ただ、いずれにしても私はこれ以上、両親に振り回されたくなかった」
越してきた当初、母は毎日電話やLINEで連絡を寄越したが、マユミさんは電話には出ず、LINEでも「忙しいから」と突き放した。その代わり月に1、2度は外食に誘う。
自分で望んだ離婚なのだから
「母のところに行って母の手料理を食べたいとは思わないんです。それじゃ関係が実家にいたころと変わらない。私はもう大人で、あなたの庇護を必要としない、あなたも自立してくださいというメッセージを込めて、外食にしているんです」母が一人暮らしを始めて半年あまりが過ぎた。今も精神的に不安定になることはあるようだが、そのたびに「自分で望んだ離婚でしょう」とマユミさんは言う。
「冷たいようだけど、一人になる覚悟もないのに離婚なんかしないでほしいですよね。結婚していれば夫とは生きていけないと言い、離婚したら一人は寂しいって。あまりに身勝手な話だと思います。大人なんだからしっかりしようねと母にはいつも言うんです」
もちろん、親だから完全に見放すことはないですけどねと、彼女は少しだけ憂鬱(ゆううつ)そうに言った。