東京で働いていた前田さん(女性/当時20代)は、地域おこし協力隊の制度を利用して地元にUターン転職をした。収入はダウンしたものの、希望の仕事に就き、“より充実した生活”を手に入れた。どのように彼女は社会貢献とキャリアを両立させたのだろうか。
「本当に私がやりたいことはこれなのか?」
前田さんは大学進学を機に上京し、卒業後も東京で就職。10年近く東京で暮らしてきた。毎日仕事は忙しかったが、大きなプロジェクトを任されたり、後輩の育成に携わったりと、やりがいや達成感がありとても充実していた。都会の便利な暮らしにもすっかり慣れてしまった。ただ、「このままでいいのだろうか」「本当に私がやりたいことはこれなのか」と、漠然とした不安を抱いていたという。「もともといつかは地元に戻って、親たち家族の近くで穏やかに生活したいと考えていました。何かと慌ただしい東京よりも、地元のゆったりした生活スタイルの方が、私には合っている気がして。将来子どもができたら、頼れる家族が近くにいてくれるのも心強いです。あとは、地域に貢献したいとも思っていました。ただ、親はとても元気で介護もまだまだ先なので、すぐ地元に帰らなければいけない理由はなく。今さら都会ほど便利ではない地元で生活していけるのか不安でしたし、これまで努力して築いてきたキャリアが途絶えてしまうのは嫌だと思い、なかなか決断できずにいました」
そんなとき、前田さんはたまたま地域おこし協力隊の募集記事を見かけた。その制度を利用すれば、地域の活性化に取り組みつつ報酬を得ることができる。住居や活動経費のサポートも得られ、任期後の定住に向けた準備もできるという。
「それまではUターン転職は負担に感じていましたが、この制度を使えば段階的に地方への移住を実現できるし、さらには地元社会とのつながりを取り戻すこともできるかもしれない、そう考えたら肩の荷が下りる思いがしました。年収は下がってしまうけれど、都会に出てきてから初めて、もしかしたら本当に地元に帰れるかもしれないと感じました」
その後、前田さんは協力隊に採用され、地域おこし協力隊として移住することになった。
都会が一番だと思っていたけれど
前田さんは地元にUターン後、前職の経験が生きる取り組みを始め、自治体や地元住民らと協力しながらさまざまな課題を解決していった。「前田さんのスキルや経験があったからうまくいったんだね。ありがとう」と感謝されることも多かった。場所や環境は変わったものの、キャリアを途切れさせることなく積み重ねていくことができた。そして、地元住民や前田さんと同じく東京からのUターン転職者と会話を重ねていく中で、気付いたことがあったという。
「ずっと地元には何もない、刺激が足りないと思っていました。都会の方がチャンスはたくさんあり、特に若いうちは都会が一番だと。ただ、都会を経験してから地元に戻ってきて気付いたのは、それはすべて誰かの視点が基準になっていたということです。東京の友達がみんなしているから私もそうする、同僚や先輩がいいと言うから私もいいと言う……など、いつも第三者の意見をうのみにしてばかりいました。でも、『私はどうしたい?』『私ならどう思う?』と自分自身に問いかけると、本心は違っていました。私は、自然豊かで風が穏やかに吹くこの地元で働き、地域に貢献したい。そして、自ら働きかければ、地方でも十分にやりたいことが実現できるのだと気付きました」
前田さんが上京してきたころ、当時の日本のリーダーはよく“地方創生”を口にしていた。東京一極集中を是正し、地方の人口減少に歯止めをかけ、日本全体の活力を上げることを目的としていたはずだ。そこには各地域の人口動向や今後の人口推計、産業の実態なども考慮されていたに違いない。
ただ現実問題、この10年間で地方は活性化したのか。例えば、地方での安定した雇用の創出や人口の流入、若い世代が暮らしやすい時代に合った地域づくり、安心して暮らせる環境は実現しただろうか。
前田さんの住む街は、道路は舗装され、駅舎や市役所は新しくなったが、街の活気が戻ってきた、暮らしやすくなったという声は、正直なところ、地元の生活者からは聞こえないという。この先この街はどうなるのだろう、自分はそんな所に戻ってきて本当によかったのだろうか、便利な都会生活を捨てたのは間違いだったのだろうか……など、前田さんにも不安がまったくないわけではない。
「でも、きっと、都会の生活も地方の生活も両方知っている私でなければ分からない、できないことがあると日々考えています。確かに地域の高齢化は進んでいますが、若者がいないわけでもない。若い世代がもっとアイデアを出し、この地域の活性化の中心となって行動していくべきだと思います。そのためにも、まずは私が積極的に働きかけ、諦めずにこの道を歩み続けたいです」
キャリアを犠牲にして社会貢献するのでは長続きは難しい。やはり自分自身のやりたいことを実現しながら、無理なく社会貢献できる方法を見つけていきたい。