「音楽を楽しみに来ただけだ」と堂々と言えばよかったのかもしれないが、スクリーンに映っていたのは背後から彼が女性を抱きしめているところ。しかも女性がすぐに顔を隠したことから逆に注目され、あっけなく誰だか分かってしまったようだ。
昔は「壁に耳あり障子に目あり」と言ったものだが、今は世の中全てにカメラという「目」がある。分からなくてもいいことまで分かってしまう時代になった。
お盆時期ににぎわう空港で……
去年の夏のこと。よせばいいのにお盆時期でにぎわう、とある空港にリョウタさん(44歳)はいた。付き合っていた10歳年下の職場の後輩ナナコさんと一緒だった。飛行機の中で隣り合わせになるのに、わざわざ空港ロビーで待ち合わせた。リョウタさんには同い年の妻との間に、12歳と8歳の子どもがいる。
「本当は子どもたちと一緒に家族旅行を計画していたんです。でも妻が『特に上の子は中学受験があるから旅行なんかしている場合じゃない』と。それなら僕は一人でちょっと実家に行ってくるということになって。妻は、とにかく子どもたちに勉強を強要する。子育てに関しては意見が食い違ってばかりいたけど、子どもはいつしか母親に洗脳されていきました」
妻とは気持ちが通い合わない。子どもたちまで母親の言いなりで「勉強は大事だから、僕、旅行は中学に入ってからでいいよ」と言う。けなげだが、そんなふうに言わせている妻に腹が立つ。実家に行くだけにするはずが、水面下で付き合っていたナナコさんに「実家に帰るんだけど顔を出せばいいだけだから、旅行しないか」と持ちかけた。
「ナナコの顔がぱっと輝いた。半年ほど人目を忍んで付き合っていたんですが、旅行先で知り合いに会うとも思えないし、たまには彼女とのびのび外を歩いてみたい気持ちにもなっていました」
すっかり旅気分だったのだろう。だから空港ロビーで待ち合わせた。だがそこにテレビのニュースカメラが入っていたことに、彼は気づかなかった。
妻からの留守電に青ざめることに
「遠くでテレビのインタビューに答えている家族が見えていたので、危ない危ないと思って、もちろんそこは避けて通ったんです。その後、ナナコがはぐれそうだったので、彼女の腕をとって寄り添って歩いた。そこがテレビに映ってしまったようで……」保安検査所を通り抜けたとき、電話が鳴った。妻からだったが、彼は無視し、携帯の電源を切った。
「現地に着いて、ナナコには繁華街の喫茶店にいてもらって、1時間で戻るからと実家に行きました。すると母が『何度も電話があったよ』と。妻からです。あわてて携帯の電源を入れると、30回以上電話があった。留守電も何回も。『テレビのニュースに、あなたが女性と抱き合いながら歩いているところが映ったって。息子が見ちゃったのよ、どうしてくれるのよ』と。さすがに青ざめました」
自分ではないと言うしかないと思いつつ、次の留守電を聞いたら「私もネットのニュースで見た。あなただった。オレじゃないという言い訳は効きませんから」と。
子どもの受験が控えているため離婚には至らなかったが、あれから夫婦関係は最悪な状態が続いていると彼は苦笑した。
スポーツ観戦に行って
「後ろめたい関係ではなかったんですよ、本当に」ダイキさん(39歳)は困惑したようにそう言う。つい先日、彼はスポーツ観戦に行った。学生時代からの友人たち10名ほどと一緒だった。その中には当時付き合っていたエリさんの姿もあった。
「卒業してから自然消滅してしまった関係だったから、再会できてうれしかった。隣に座って、あれこれ話しながら観戦していました。互いに結婚しているし、友達として再会しただけ」
だが、観戦しているうちに熱くなった。しかもシーソーゲームだったから、応援しているチームが点をとると大騒ぎ、とられても大騒ぎという状況だったという。
「そのうち応援しているチームに、決め手となりそうな点が入って。エリと立ち上がってバンザイ、思わずハグしてしまったんです。それがスクリーンに映ってしまった。友人たちも笑っているだけでしたが、その中の誰かが妻に密告したみたいなんです」
というのも、妻もまた同じ大学だったのだ。後輩ということもあって当時、ダイキさんは妻となった女性とはほとんど縁がなかったが、仲間内には彼女のことをよく知っている人もいたようだ。
妻に大声でののしられて
「しかもご丁寧に写真まで撮って、妻のSNSにアップしていたんですよね。みんなで気持ちよく飲んで帰ったら、妻が激怒していまして。『みっともない、恥を知りなさい』と怒られましたが、友達とハグしたくらいで、なぜそんなに怒られるのがよく分からなかった」きょとんとしているとさらに大声でののしられた。
「僕たち、まだ結婚して3年なんですよ。偶然知り合って、同じ大学だということが分かって親しくなって結婚した。ただ、あとから聞いたら、彼女はいろいろな意味で目立つ存在だったらしいんです。プライドも高いんだと分かりました」
妻はその後、1カ月ほど口をきかなかった。ダイキさんが何度も何度も謝って、ようやく少しずつ言葉を交わすようになった。プライドが高い上に頑固だということも分かった。
「あれからはカメラに極度に敏感になっています。どこにでもカメラがあるということを忘れないようにしないと……。嫌な世の中ですね」
ダイキさんは、はーっと大きなため息をついた。