他人と比べたがる同僚
「たいしたことでもないのに、やたらと張り合う人たちっていますよね」クミさん(46歳)は苦笑いしながらそう言った。他部署から異動してきたカヤさんとミチコさん、二人の同僚はことあるごとに張り合っているのだという。
「二人とも私と同期、カヤさんはバツイチ独身、ミチコさんは最近、結婚したばかり。もともとは仲のいい二人だったんですよ」
クミさんは結婚して15年たつ夫との間に中学生と小学生の子どもがいる。カヤさんとミチコさんは独身同士だったし気が合ったのだろう、二人で海外旅行もする関係だった。
「子育てにあくせくしているときは二人が羨ましかった。二人は『私たちはクミが羨ましいよ。家族でどこかに行けるなんてすてきだもん』なんて言ってくれたけど、私は家族が負担になっていた時期もありました。昇進だって彼女たちの方がずっと早かったし。本気で仕事をしようとしたら、家に専業主婦が必要だよと二人に愚痴を言ったこともあった」
同期の一人が結婚して
それでも二人は「私たちは身軽で自由だけど寂しいよ」と言ってくれた。氷河期世代として頑張ってきた三人だから、クミさん自身、人の気持ちが分かる同期二人に恵まれて感謝していたという。最近では、子どもたちも大きくなったので、たまに同期三人で「女子会」を開くこともあった。「ところがミチコがマッチングアプリで知り合った人と電撃結婚してから、なんとなく二人の間がおかしくなったみたいなんです。私にそう告げたのはミチコ。『私が結婚したことでカヤが嫉妬しているのかも』と。でもカヤはもともと独身主義みたいなところがあるから、そんなこと気にしなくていいはずなんですよ。それとなくカヤに聞いたら、『前ほどミチコと過ごせなくなったから、習い事を増やした。それがすごく楽しい』と。だったら問題ないと思っていたんです」
カヤさんは習い事の様子などをSNSで発信するようになった。それを見ると、カヤさんが心から習い事自体を、そしてそこでつながった人たちとの関係を楽しんでいる様子が伝わってきた。
本当は結婚したいくせに
カヤさんはミチコさんとも以前と変わりなくフラットに付き合っていた。だが、カヤさんが自分から離れたところで楽しんでいるのが、ミチコさんには不満だったようだ。「ミチコから相談を受けました。カヤが冷たい……って。そんなふうには見えないけどと言ったら、『やっぱり彼女は私が結婚したのが癪にさわってるんだと思う。私のプライベートが充実しているのが嫌なんじゃないかな』と。いや、それはそっくりミチコの心情じゃないのと言ったら、彼女、不機嫌になっちゃって」
ミチコさんは、自分と過ごす時間が減ったことをカヤさんに嘆いてほしかったのかもしれない。結婚したことで、むしろ孤独感を覚えているのはミチコさんの方なのだろう。カヤさんは自由になって楽しく羽ばたいているのだから。
「それまではよく二人そろって旅行もしていたけど、カヤは一人旅をするようになった。それもまた楽しいみたいです。ミチコはパートナーと旅行をしたものの、『女同士の方が気楽でいい』とぶつぶつ言っていました。確かに慣れ親しんだ女友達との旅行の方が、熟年新婚旅行より気疲れしないでしょうからね」
友達同士でなぜマウントをとりあうのか
そのうちミチコさんがカヤさんとの関係について愚痴をこぼすことも増えていった。「カヤって、老後どうするつもりなんだろうね、最後は一人で死んでいくつもりなんだろうかと言い出して。そんなことはカヤの勝手だし、あなたが心配するようなことじゃないでしょとたしなめておきました。自分が結婚したことでマウントをとったつもりでいるのは違うと思ったから。どうしてそこまで自分と比較したがるのか、マウントをとりたがるのか、私にはさっぱり分からないんですよね」
とはいえ、実際にはカヤさんも複雑な思いを抱えていたことが分かった。カヤさんはクミさんに、「ミチコが私をかわいそうがっているのが伝わってきて不快なんだけど、話すと強がっているだけみたいに捉えられるし、どうしたらいいのかな。彼女、実は結婚生活に不満があるんじゃない?」と言った。
「なんだか二人を見ていると、人生は人それぞれで、友達がどういう生き方を選ぼうと敬意を払って認めればいいだけなのにどうしてそれができないんだろうと悲しくなることがあります。どちらが上とかないし、友達同士でマウントとりあうなんて、本当にくだらないと思う。ただ、それを分かってもらう方法が見つからないんです」
立場は違っても友情は築けるし、大変なときは力になれるような関係でいたい。クミさん自身、カヤさんとミチコさん、二人の同期と仲よくしていきたいのだが、二人に溝ができたためにそれもしづらい状況だ。クミさんは寂しそうにそう語った。