正社員への道が遠かった
「私が就職するときはITバブルもはじけたとかで、本当に正社員募集が少なかった。私自身もしかたなく非正規の道を選びました」そういうのはカヨさん(48歳)だ。就活をしまくってもまったくうまくいかなかった。あのときの敗北感は今も忘れられないという。
「うちは親が商売をしていたんですが、バブル期は銀行が日参してきて、とにかくお金を借りてくださいと。父親もその気になって商売を広げようとして。当時は儲かっていたんでしょうね、見たこともないような立派な外車でドライブに行ったことがあります。ところが中学生のときにバブルが崩壊、銀行も手のひらを返したような態度になり、父はなんとか商売を続けようと頑張ったけど、ついに倒産しました」
両親はまた一から商売を始めた。大きな一軒家に住んでいたのに、小さなアパートで家族4人がおしくらまんじゅうのように眠った。
「それでも誰も命を落とさなかったのが唯一の救いですね。父の商売仲間では、父親が失踪したり一家心中したりもあったようですから」
30歳手前で正社員になれたが
カヨさんは成績がよかったため、親戚の援助もあって大学へ進学した。一生懸命、勉強したのに就職できず、親や親戚に申し訳なかったと思う気持ちが今もある。「非正規で働き始めたけど、雇い止めされたり契約更新されなかったりと大変な時代でした。スナックでアルバイトをしてお金をためて専門学校に通ったりもした。とにかく正社員になりたかったんです」
それでも願いは叶わなかったが、彼女はめげなかった。大手企業、官公庁で非正規として働き、コネを作って他企業を紹介してもらった。
「30歳手前で、ようやく正社員になれたんです。あのときはうれしかった」
ところが強烈なパワハラにあい、彼女は心を病んで2年後に退職を余儀なくされた。
夫も非正規で
そんなとき出会ったのが同い年のヒロシさんだ。彼もまた大卒後、非正規を転々とし、25歳のときに手に職をつけようと料理の道に入った。「彼が働いている飲食店に、病院帰りの私がたまたまランチをとりにいって。おいしかったので何度か行っているうちに言葉を交わすようになって。彼の休憩時間にお茶をしたことから親しくなりました」
付き合って1年半がたったころ、結婚話が出た。だが「暮らしていけるのだろうか」と不安がよぎった。そのころカヨさんはすっかり回復していたので、また仕事を探していたのだが、うまくいかなかった。
「オレが店を移って正社員になるよと彼は言いました。当時の店主にも相談したみたい。だけど小さな店だったから、『うちは無理だけど、少し大きいところを紹介する』と言ってもらって。でも契約社員でしたね。彼としては、仕事内容が気に入ったみたいだったから、それでもいいかと私も思って」
カヨさんも派遣として仕事を始めた。二人で働けば何とかなると思っていたが、そんな中で彼女が妊娠。子どものためにも頑張ろう、正社員じゃなくてもかまわないと二人は一致団結した。
冒険できない人生だった
「世間はあまり氷河期世代なんて気にしていませんから、娘が産まれたら、実家も義実家も『二人目もほしいよね』と強要してくる。二人目なんて経済的に無理だと言ったら、義父母が少しくらいなら援助するよって。夫は『オヤジには借金があるはずだからあてにするなよ』と苦笑していました。確かに何も援助なんてしてくれなかった」ぜいたくはさせてやれなかった。年に一度、家族で旅行するのがやっとだったが、ときにワンオペに腹を立てながらも、家族は仲よく暮らしてきた。
その娘は今年高校3年生になった。大学進学を希望しているが、奨学金を借りなければ難しい状況だ。
「親の世代より私たちは格段に貧乏になってる。娘が奨学金を借りたら、娘の人生もまた経済的に困窮しながら過ごすことになる。どこかでこの連鎖を断ち切りたいと思うけど、夫も私も結局、一生、非正規から抜けられない。夫は技術があっても独立して店を持つ夢は叶えられなかった。この先、チャンスがあるかもと言ってくれる友人もいますが、資金がありませんからね。借金は怖いからしたくないし。人生を振り返ると、よく生き抜いてきたと思います。いつもギリギリだった」
人生で冒険はできないと彼女は言った。思えば、一度も冒険などできない人生だった。氷河期世代は、単に就職難だっただけではない。人生のキャリア形成がうまくできなかった世代でもある。