義父と同居を始めたのはいいけれど
「4年前に義母が亡くなり、義父は一人暮らしになりました。もともといい義両親だったし、近所に住んでいたので子どもたちが小さいときはお世話になった。義父は『一人で大丈夫だよ』と言いましたが、なんだかかわいそうで。夫は一人っ子だから、他に相談する兄弟もいない。私たちがあなたの実家に入って同居してもいいんじゃないかしらと言ったら、夫は涙ぐんで喜んでいました」マサミさん(47歳)はそう言った。3歳年上の夫との間に、17歳、14歳の子どもがいる。子どもたちも一軒家である夫の実家に住むことに異存はなかった。転校の必要もない距離である。
「自宅のマンションのローンは残っているけど、売れなければ人に貸せばいい。まずは夫の実家に越そうということになりました。義父は80代に入ったばかりで、健康でしたし、趣味もあったのであまり心配していなかったんです」
まったく手がかからない義父
義母が亡くなってから1年ほどたったころ、同居が始まった。マサミさんもフルタイムで働いてきたが、当時は新型コロナウイルスの影響で出社は週に1日だけだった。それでも義父は「マサミさんは働いているんだから」と掃除や食事の支度をしてくれた。「義父はもともと料理が得意でした。一人暮らしだと作りがいがないから、あんたたちが来てくれてうれしいと、せっせと作ってくれて」
自分のものは自分で洗濯するし、まったく手がかからない。しかも勉強熱心なので、その年齢でも子どもたちに勉強を教えることができた。
「それには夫も驚いていました。当時、中学生と小学生でしたけど、私も夫ももう子どもの勉強を見るのは無理だなと思っていたんです。難しくて……。でも義父は子どもたちから教科書を借りて勉強していました。きちんと理解して、子どもたちに教えてた」
それなのにあるときから義父は急に変わっていく。
急に心身が弱って
きっかけは同居2年目に、義父が早朝の散歩の途中で転倒したことだった。近所の人から知らされて夫と共に駆けつけると、義父は歩けないとつぶやいた。「あわてて救急車を呼んで病院に搬送したんですが、結局、右足首の捻挫だったんです。ただ、精神的なショックが大きかったみたい。何でもない道で急に転倒したことで、何が起こったのか分からなくなり、その後の意識が少し飛んでしまった。それもまたショックだったようで。結局、家の近くの病院に2週間ほど入院しました」
退院して自宅に戻り、少しは気持ちが落ち着いたようだったが、そこから義父は一切家事をしなくなった。またおじいちゃんのロールキャベツが食べたいと子どもたちが言っても、「もう無理だよ」と力なく返した。
「転倒を機に、全ての気力がなくなったように見えました。だからといって無理もさせられない。少しは歩こうよと誘い出しても、杖をついてゆっくりしか歩けない。すぐに帰りたがるし。あんなに元気だった義父がどうなってしまったのか分からず、私たちも困惑しました」
それまでは元気で介護認定も受けていなかったので、そこから地域包括センターとつながり、ケアマネもつけて介護申請をした。
義母との思い出話の内容が……
「そのころから義父が私に、義母との思い出話をするようになったんです。しかもそれがあっちの話ばかり。性的なことです。生々しくて聞いていられないくらい。夫に言ってたしなめてもらったんですが、今度は義父が私を自分の妻だと思うようになって……。でもそれはうそだと思うんです。私を妻に見立てて、義母を愛していたことを知ってほしいだけなんだと思う。それほど認知症はひどくありませんから」歩行を手伝うマサミさんに、「悪いね、ヨウコ」と妻の名前を出す。支えようとすると抱き締めてくる。
「とはいえ、新聞や本を読んで感想を聞くと、ものすごくまともな難しいことを言うんですよ。そこは以前とあまり変わってない。ただ、私との身体的接触をとにかくしたがる。たぶん、寂しいんでしょうね」
転倒したことで急に体力に自信がなくなり、怖くなって動かないためにさらに体力が落ちるという悪循環にはまったのだろう。だが、マサミさんがフルタイムで出社するようになったため、ヘルパーさんを頼むようになったが、「抱えるほどには弱っていない。自分の足でゆっくりですがしっかり歩いています」ということだった。男性ヘルパーを抱き締めることはないようだ。
家での介護は夫に任せるように
「夫が定時で帰れる部署に異動を願い出たので、家での介護はほぼ夫に任せています。それでも女性に触れたいのか、時々『マサミさん、手伝って』と着替えのときなどに呼ぶんですが、夫にやってもらっています」かわいそうだとは思うが、義父の妻の代理はできない。マサミさんは今でも思うそうだ。もし近所に住んだままだったら、義父は今でも元気なのではないかと。たとえ転倒しても、同居家族がいなければ、自分で何とか頑張ろうと思ったのではないか。
家族との同居は、高齢者にとって必ずしもいいことばかりではないのかもしれない。甘え、楽することで自らの能力を失っていくのではないか。マサミさんはそんなふうに考えている。