帰宅第一声が「疲れた」
「夫が帰ってくるのが嫌なんです」きっぱりとそう言うナオミさん(44歳)。なぜなら帰宅第一声が「疲れたー」だからだ。13歳の娘と11歳の息子には、「パパのあの言葉は聞かなかったことにして」と言い聞かせているという。
「私も仕事をしているし、家事のほとんどは私がしているし、疲れたと言いたいのは私の方だといつも内心、思っています。でも疲れたと言ったところで回復するわけじゃない。夫は口を開けばネガティブな言葉を連発するので、それに負けないように私はポジティブな言葉を口にするようにしています」
地域のサッカークラブに入っている息子が、試合のいい場面でシュートを外したことがあった。落ち込んでいる息子に「あそこで決めていれば勝てたのになあ。まだまだだな」と言った夫に、ナオミさんは激怒した。
子どもたちの人生はこれからのはずなのに
「すでに落ち込んでいる息子に追い打ちをかけてどうなるんだ、と。もちろん決められなかったことは反省しなければならないけど、スポーツってそういうものじゃないですか。失敗して頑張って技術を上げて、でもまた失敗しての繰り返し。人生だってそういうものだ。だからここからどう頑張るかが大事だよと私は言ったんです」夫は「頑張っても限界もあるしな」とまたネガティブ発言。子どもの将来を限定するようなことは言わないでと、夫と二人きりのときにナオミさんは言った。
「でも夫は、子どものうちから才能には限界がある、諦めを知ることも大事だと。それは大人になってから自分で決めればいいこと。小学生のうちから自分を諦めてどうするんだと私は怒りが爆発しました。この子たちの人生はこれからなんです。好きなこと、興味のあることにはどこまでも頑張ってがむしゃらにやってほしい。頑張ったという経験が、その後の人生に生きるはずだから」
夫は「きみはいつまでも青いなあ」と鼻で笑ったという。
いくつになっても希望がなければ生きていけない
ささやかでもいい、生きることは希望を抱くことだと言ったのは、ナオミさんの祖母だった。「祖母は100歳近いんですが、今も希望をもって生活しています。90歳のときに大病をして寝たきりになりかけたんですが、リハビリを重ねて今では近所をゆっくり散歩できるようになった。今年は百人一首を全部覚えるんだと張り切っています。デイサービスでは麻雀を楽しんでいるようですが、来月はトップをとるんだと常に上を目指している。子どものころからこの祖母には、『どんなときも希望と目標をもって、一生懸命、楽しく生きるんだよ』と言われてきました」
ナオミさんはその言葉に従って、ささやかでも希望をもって生きてきた。結婚したとき、夫に話したら「それはいいことだね」と共感してくれたのに、年をとるにつれて夫は「年をとるということは、諦めることとイコールだ」と言うようになった。
「子どもたちの成長が一番の楽しみで希望なのに、夫はそうも思えないみたいで。諦めたらラクかもしれないけど、楽しくない。ラクと楽しいは同じ字だけど何かが違う。私がそう言うと『理想論じゃ生きていけないよ』と反論してくるんですけどね」
諦めが先立つ子にはなってほしくない
夫が生きる上で「諦め」を重視するならそれでもいい。だがそれを否定的な言葉に乗せて、子どもたちに伝えるのはやめてほしいと、ナオミさんはつい先日、夫に敢然と宣言した。若いうちから諦めが先立つ子にはなってほしくない。そのために親がフォローするべきではないのかと。「夫は『分かった』とは言っていました。連休明けに夫が帰宅したとき、『疲れたー』と言うかどうか、今から楽しみにしているところです」
テンションが低いのは仕方がないとしても、家族の中でいちいちネガティブ発言を繰り返す人がいるのは、前向きな雰囲気をぶち壊す。子どもたちにとって影響ある存在なのだということを、きちんと分かってほしい。そんな妻の気持ちは、夫に届くのだろうか。