20年以上プロジェクトマネージャーを務めてきたプロジェクトのプロ・橋本将功さんの著書『人が壊れるマネジメント プロジェクトを始める前に知っておきたいアンチパターン 50』では、感情的なコミュニケーションがもたらす深刻な影響について警鐘を鳴らしています。
今回は本書から一部抜粋し、叱責だけでなく「皮肉」や「冷笑」がいかにチームを破壊するのか、そして建設的なコミュニケーションを取り戻すための具体的なマネジメント方法について紹介します。
仕事中、感情的になっていない?
プロジェクトの成功には、建設的で冷静なコミュニケーションが欠かせません。プロジェクトの進行中に感情的なやり取りが発生すると、チーム内の信頼関係が損なわれ、士気やパフォーマンスに深刻な影響を与えることがあります。
特に、上意下達の組織文化や権威主義的な組織風土の中では、職位が上の人からの感情的なやり取りが発生しやすく、これが長引くとチーム全体が疲弊し、最悪の場合、キーパーソンの離脱等によってプロジェクトが破綻することさえあります。
上意下達の組織文化では、指示や命令が一方的に下りてくる傾向があります。
このような環境では、現場の状況が十分に考慮されず、現実的ではない目標やスケジュールが設定されることが常態化します。
その結果、メンバーは不満やストレスを抱えやすくなり、それが感情的なやり取りの引き金となる場合があります。
たとえば、無理なスケジュールを指示されたメンバーが「この計画では進められない」と反発し、それに対して上司が感情的に対応するといった場面です。
このような状況では、課題の対策が後回しにされ、チーム内の対立が深まります。
また、権威主義的な組織風土では、「役職が上の人の意見が絶対」とされることが多く、メンバーが自分の意見を自由に述べる機会が制限されがちです。
このような環境では、上司やリーダーからの叱責や低評価を避けるためにメンバーが発見した課題や感じている不安が表に出なくなるため、問題が蓄積してトラブルを招く可能性があります。
たとえば、タスクが遅延していることを報告せずに計画が破綻したり、認識していたバグを報告しなかったことで深刻なトラブルが発生したりするといったことは、そうした組織では頻繁に見かける事象です。
部下への「皮肉」や「冷笑」に心当たりは?
「感情的なやり取り」と聞くと、激昂や叱責をイメージしがちですが、そうした激しい感情表現だけでなく、皮肉や冷笑にも注意が必要です。皮肉や冷笑は個人のコミュニケーションの癖になっていることがあり、そうした場合は往々にして「個性」として扱われて問題視されないことがあります。
しかし、皮肉や冷笑は個人やチーム全体に深刻な影響を与えることがあるため、早期の対処が必要です。
まず、皮肉や冷笑が持つ直接的な悪影響として、「個人への精神的ダメージ」が挙げられます。
たとえば、タスクの遅れやミスに対して皮肉や冷笑を交えたコメントが行われると、指摘を受けたメンバーは強いストレスを感じるだけでなく、自分の能力や価値に疑問を抱くようになります。
このような状況が続くと、メンバーは自信を失い、積極的に意見を述べたり行動を起こしたりすることを控えるようになります。結果として、プロジェクト全体の生産性や創造性が低下します。
また、皮肉や冷笑がチーム内で常態化すると、メンバーは「何を言ってもバカにされる」「ミスをすれば笑われる」と感じ、意見やリスクを共有することを避けるようになります。
その結果、課題が見過ごされ、プロジェクトの進行に重大な支障をきたす可能性が高まります。
さらに、皮肉や冷笑は「チーム全体の分裂」を引き起こすこともあります。
特に、皮肉を発した人物が上司やリーダーである場合、その言動が「攻撃的な態度が許容される」というメッセージとして受け取られ、チーム内で同様の行動が広がる可能性があります。
このような環境では、協力や信頼が失われ、チーム全体の士気が低下します。
皮肉や冷笑が蔓延した環境では保身のために誰もリスクを取らなくなるため、不確実性を扱うプロジェクトの成功率は非常に低くなるのです。
建設的なコミュニケーションをするための4つのプロセス
激昂や叱責、皮肉、冷笑などの感情的なやり取りを防ぎ、建設的なコミュニケーションを実現するためには、以下のマネジメント方法が有効です。もしプロジェクトを実施する組織に上意下達や権威主義的な文化があるとしても、プロジェクト内のコミュニケーションルールとして整備すると良いでしょう。
①冷静かつ事実に基づく対応を徹底する
感情的な表現や皮肉を排除し、具体的なデータや事実を元に合理的な観点で課題を話し合います。批判ではなく、改善に焦点を当てる姿勢が重要です。
たとえば、「ここがダメだ」とネガティブな点を指摘するのではなく、「この部分を改善すればもっと効率的になる」というように前向きな表現を心がけます。
②権威主義的な文化を改善する
現場の声を吸い上げる仕組みを導入し、リーダーや上司が皮肉や冷笑に頼らないマネジメントを実践します。
率直な意見交換によって意思決定の理由や検討過程の透明性を高めることで、信頼を築きます。
③ストレスマネジメントを支援する
感情的なやり取りの背景にあるストレスを特定し、適切な対策を講じます。スケジュールの見直しやリソースの追加など、根本的な原因にアプローチします。
④チームビルディングを強化する
信頼関係を築くために、ランチ会や飲み会、雑談の場などを設け、お互いの個性を知るための定期的なチームビルディング活動を実施します。
これにより、皮肉や冷笑が起きにくい協力的な環境を作ります。
橋本将功(はしもと まさよし)プロフィール
パラダイスウェア株式会社 代表取締役 早稲田大学第一文学部卒業。文学修士(MA)。大学・大学院ではイスラエル・パレスチナでテロリズムの調査研究を実施。IT業界25年目、PM歴24年目、経営歴15年目、父親歴11年目。 Webサイト/ Webツール/業務システム/アプリ/ 組織改革など、500件以上のプロジェクトのリードとサポートを実施。世界のプロジェクト成功率を上げて人類の幸福度を最大化することが人生のミッション。著書に『人が壊れるマネジメント』(ソシム、2025)『プロジェクトマネジメントの本物の実力がつく本』(翔泳社、2023)『プロジェクトマネジメントの基本が全部わかる本』(翔泳社、2022)