ミルク、おむつ替えをいっさいしないどころか、ほとんど抱き上げたこともないという人から、客観的に見ればかなりやってはいても「妻の満足度からは遠い」ということもあり得る。これは家事に関しても同じ。結局は、夫婦が互いにストレスを感じない妥協点を見いだすしかないのかもしれない。
デキ婚したら、夫のモラハラがひどくて
結婚して5年たつシホさん(40歳)。もともと会社の先輩である彼と結婚するつもりはなかったという。付き合って半年ほどたったころ、彼の上から目線に耐えかねて別れを決意したのだが、同時期に妊娠が分かったのだ。5歳年上の彼は、涙ぐんで喜び、「結婚しよう」と言った。「ちょっとエラそうなのも先輩だから仕方ない、子どもが生まれたらいいお父さんになってくれそうだしと、自分の不安を見て見ぬふりしました。でも結婚後は本当にきつかったですね。ちょうど夫が異動になって、他のビルのオフィスに移ったので、会社で顔を合わせることはなかった。私も仕事をしているときはなんとか頑張ってはいたけど、家に帰ってくるとつわりがひどくて。すると夫は、私の同僚に探りを入れるんですよ。『おまえ、会社では全然つわりなんかなくて元気だというじゃないか。家事をさぼりたいだけか』って」
近所に夫の実家があったため、夫は実家で夕飯をとるようになった。「おふくろが、妊娠は病気じゃないって。夫のために、子どものためにがんばろうという気力が足りないんじゃないのかって言ってたよ」と何度も言われた。
自分が強くなるしかない
「夫のことはもちろん、めったに接触を持とうとしない義母のことも恨みましたよ。深夜にひどい胃痛に悩まされ、我慢ができなくなって救急車を呼んでほしいといったら夫に拒絶されて。仕方なく自分で呼びました。玄関まで這っていって搬送してもらった」胃けいれんを起こしていたため、病院で夜を明かした。夫はこのとき病院に来ることはなく、シホさんは自ら会社に連絡、タクシーで家に帰った。
安定期に入ってからはだいぶラクになり、仕事をしながら家事もこなしていたが、その状況でも夫は「なんか家の中が汚いなあ」とつぶやくことがあった。シホさんはすでに両親を亡くしていて頼る親戚も近くにはいない。自分が強くなるしかないと彼女は覚悟を決めた。
息子が生まれたものの
難産の末、息子が生まれた。夫はなかなか生まれないことに業を煮やして、週末だったのにそばにいることはせず、帰宅してしまった。「結局私、一人で産んだんですよ。夫が来たのはその数時間後。さすがに医師や助産師さんに『自覚がなさすぎる』と怒られていました。その後も助産師さんから、『お父さん、しっかりしてくださいね。あなたはこの子の親なんですよ』と言われて、少し神妙な顔はしていました」
だが夫は入院中も退院して自宅に戻ってからも、息子を抱くことはなかった。抱いてみると聞いても首を横にふるばかり。相変わらず実家で夕飯をとり、残り物を持って帰ってくるような生活だった。
「それでも産後すぐは、ののしるようなことはなかった。でも産休から育休に入ると、夫のモラハラ体質が復活しました。『稼げないんだから、せめて家事は完璧にやれよな、暇なんだから』とまで言い出した。24時間子どもの世話をしているなんてまったく分からないんでしょうね。子どもが泣き続けると舌打ちするから、夫の寝室から一番離れたトイレにこもってあやしていました」
義母がやってきて真っ青に
毎日のように稼げない女と言われ、いくら覚悟を決めたシホさんでも時々どうやってここから逃げようかと思い悩むようになった。「2カ月ほどたったころ、義母が突然やってきたんです。『息子が見に行ってやってくれって言ったけど、お父さんが入院してるから……』って。いや、私はお義父さんの入院のことは聞いてませんよと言ったら、『あの子、ちょっとおかしいわね』と。父親の病院にも見舞いにも行っていないとか。実家で夕飯をとることについても、夫が言うほど頻繁ではないようで。義母も息子のことを分かっていないのかもしれないと思って、これを聞いてみてくださいと夫の罵声の録音を聞かせたんですよ。義母は真っ青になっていました」
ごめんね、知らなかった。あの子はちょっと変わったところがあるけど、根は優しいと思い込んでいた、と。このままじゃダメ、うちにいらっしゃいと義母はタクシーを呼んでシホさんと孫を自宅に連れ帰ってくれた。
「その日、夫は実家にやってきました。私がいるのを見て、思わず『何やってんだ、おまえ。家事をサボってきてるのか』と言ったのを、義母はキッチンにいるふりをしてすぐそこでこっそり聞いていた。『あんた、自分の子を産んでくれた人になんてことを言うの!』とものすごい剣幕で怒鳴り、泣きながら、あんたなんかうちの子じゃない、出ていけと追い出してしまったんですよ」
義母の怒りはおさまらなかった。シホさんに謝り続けた。「息子とはいえ、結婚したのだからあまり関知しない方がいいと思っていたけど、それであなたにつらい思いをさせてしまった」と言う義母に、「こちらこそ誤解していました」とシホさんは手を握った。
ようやく自分の立場を理解した夫
その後、義父も無事に退院し、義両親は話し合って、息子に離婚勧告を出したというから興味深い。「シホさんと孫の面倒はうちでみる。おまえは父親として失格だと。もし心を入れ替えるなら、何をするか書いてこいって。義父の剣幕もすごかったです。こんないい両親に育てられたのに、どうしてあんな人になってしまったのか……。義母も、昔は明るくてお調子者のかわいい子だったのにと言っていました」
どうやら学生時代、彼は付き合っていた女性に裏切られるという大失恋を経験、その後、女性の悪口を吹聴して仲間うちから疎まれるようになったことがあった。詳細は分からないが、社会人になってから学生時代の友人とは付き合いがなかったようだと義母は言った。そこから性格が変わってしまったのだろうか。
「その後、夫はようやく自分の立場が分かったみたいです。息子が1歳になるころにはやっと抱けるようになりました。私も復職して今はフルタイムで働いています。何かあれば義両親が味方になってくれますが、あまり波風を立てないよう、家事育児は相変わらず私がやっています。でも、つい先日、夫がスマホを見ながら息子にオムライスを作ったんですよ。私も『すっごくおいしい!』とはしゃいで……。夫はうれしそうでした。かなり誇張して演じましたけど、これで夫が家庭に対して優しい気持ちになってくれるならと思って」
離婚するのは簡単だが、義両親を悲しませたくない。今のシホさんは、夫より義両親を大事にしているのだという。