「いただきます」と「ごちそうさま」はどこでも言う
「ファストフードでは言わず、通常の店なら言うというのはよく分からない。食べるときは、私は一人でも『いただきます』とつぶやきます。帰り際にカウンター前を通ると『ありがとうございました』と言われることが多いので、店員さんの方を見ながら会釈しつつ、ごちそうさまでしたと無意識に言っていますね。きっちり相手に届かなくてもいいと思っています。食べたらごちそうさまを言うのは習慣だから」そう言うのはユリカさん(30歳)だ。手を合わせていただきますという必要はない。ただ、食事の前後のあいさつとして、「いわば食べ物の神様に言うような感じ」で無意識に口をついて出てしまうのだそう。
「食べ物を介して、人と人が声をかけ合う習慣もすてきじゃないですか」と彼女は言った。
日本の食文化につながる習慣
そもそも「ごちそうさま」の“馳走”とは漢語で、大事な客をもてなすためには方々へ馬を走らせて食材を調達しなければならなかったことに発している。もてなしには大変な労力が必要だったのだ。そのため敬語の「御」がつき、もてなしの料理のことをごちそうというようになった。それが食後のあいさつとして使われるようになったのは江戸時代後半だとか。今につながる日本の食文化が成立していった時代に、食習慣も根付いていったと言われている。「人の家に招かれたとか、豪華な料理を奢ってもらうとかならともかく、そうではない外食の場合は、ごちそうさまを言わないという人、私の周りにもけっこういます。でも、私は何を食べようが人の手間はかかっているわけだし、提供されたらごちそうさまと言いたい。あちらはサービス業、こちらは食べる側なんだから言わなくていいという発想が分からない」
ユリカさんはそう言って苦笑した。
言わない人は、なぜ言わないのか
「今回、SNSで話題になるまで、“ごちそうさま”を言うか言わないかなんて、考えたこともありませんでした。振り返ってみたら、実家にいたころは言っていたと思うんです。大学入学と共に一人暮らしになって、言う習慣がなくなった。顔なじみになった定食屋さんがあったけど、帰り際にたまに言ったことはあるかも。就職してからは、昼は社食で食券を買って出すだけ。提供されたときは『どうも』くらいは言うけど、食べる前にいただきますとも言わない。食後も自分で食器を片づけるから、言う必要もない気がして……。外食の場合、お金を払っているわけだから、そもそも言う必要があるのかとも思うんです……」サトシさん(34歳)にとって、ごちそうさまは、あくまで料理を無償で提供された場合に言うべき文言らしい。もしくは人にお金を出してもらったとき。自腹を切って食べているのに、ごちそうさまはおかしいだろうと思っているようだ。
「ただ、半年ほど前から付き合っている彼女は、わりとどこででもごちそうさまでしたーというんですよね。なんとなくそれが気にはなっていました。だから今回、こうやって話題になったのを機に、『ごちそうさま問題』を彼女と話してみたんです。そうしたら、彼女は『食べたらごちそうさまでしょ。誰が作ろうとお金を払っていようと関係ない』と。だって多くのファストフード店はマニュアルに沿ってバイトが作ってるだけでしょと言ったら、『それでも作る人がいるから食べられる。食べ終わってごちそうさまと言うのは礼儀以前の問題』と言い切ってましたね。やっぱりよく分からないなあと思いました」
恋人同士の場合では……
言おうが言うまいが、どちらでもいいと彼自身は考えているそうだ。ただ、彼自身は「語源に基づいて今後も言わないと思う」と言った。食に関わる価値観は恋人同士であれば、かなり重要ではないだろうか。
「そうですかねえ。彼女も持論はあるみたいだけど、僕に強要するわけではないから、大丈夫だと思っています。互いの価値観を大事にすればいいだけのことじゃないかな」
ではもし結婚して子どもが生まれたら?
「そのとき初めて、互いにどうするのがいいかを話し合えばいいと思う。いずれにしても子どもは自分がお金を払うわけじゃないから、ごちそうさまは言った方がいいかもしれませんが」
支払い以前、いや、礼儀以前の問題と言い切る彼女と、払っていれば言わなくてもいいという彼。違いが大きすぎるような気もするのだが……。