だが、その気になってもあっけなくテンションが下がることもある。そこが恋の興味深いところかもしれない。
カフェオレに幻滅
若いころ、コーヒー専門店に彼と入って、彼がカフェオレを頼んだ瞬間、「2度とデートはないわ」と思ったことがあると、マリカさん(42歳)は言う。「彼はコーヒー好きだと言っていたんですよ。私もそう。当然、専門店に行けばストレートコーヒー、一歩譲ってもブレンドをブラックで飲むと思っていた。ところがカフェオレ。え?って感じでした。その程度のことを受け止められないかねと当時、友人たちには非難されましたけどね」
31歳で結婚し、2人の子を育てながら共働きを続けた。夫は「私以上に家事育児をやってくれる人。本当に尊敬している」と言うのだが、尊敬と恋愛感情は別だとか。
「夫にいつまでも恋しているのも変ですよね。夫とは完全に共同体なので、恋愛感情はない。むしろ家庭という会社の共同経営者、パートナーです」
一晩の関係なら……
営業職としてバリバリ働いているマリカさんには出会いも多い。もちろん、不倫などするつもりはないが、素敵な男性に出会ってときめくことは多々ある。実際の行動に移さなければ、仕事関係者と仲よくしておくのも大事なことだと割り切っているという。「先日、取引先のパーティーで出会った業界関係者の男性がとても素敵な人でした。仕事の話、趣味の話で盛り上がって、気づいたらパーティーはお開き。話し足りないからとそこのホテルのバーで飲み直しました」
相手は関西の会社から来ていて、そのホテルに宿泊しているという。さらに部屋でちょっと飲もうということになり、酔っていたマリカさんは彼の部屋についていった。
「浮気したことはなかったけど、この人ならいいかなと思ったのは確かです。それにふだん関西にいるならめったに顔を合わせなくて済む。一晩の関係なら“なかったこと”にできるかなあと」
若いころは少々、遊び人だったマリカさん、根っこは変わっていないようだ。
幻滅した瞬間
彼の宿泊先の部屋で、夜景を見ながらロマンティックな気分になった。軽く飲みながらさらに話に花が咲く。ふっと言葉が途切れたとき、目と目が合い、火花が散った。「ああ、こういう瞬間って本当にときめく。そう思いました。そこから徐々にお互いに欲求が噴出していく感じが好きなんですよね」
彼がさっさと服を脱いでいく。年齢は50代初めだろうか。細くてスタイリッシュなファッションだったが、ワイシャツを脱ぎ捨てたとき、あれっと思った。
「腕が細すぎる、筋肉がない。あれ、あれれと思っていたら、なんと彼、腹巻きをしていたんです。確かに寒いけど、しかも腹巻き二重。ひょっとしたらスレンダーすぎる体格を隠すために少し胴をサバ読みしていたのかもしれません。そして彼がズボンを脱いだら、脚が細すぎて。しかも太ももの皮膚がだらんと下がってる」
彼が悪いわけではない。それはもちろん分かっている。だが、彼女は完全に欲求を失った。「申し訳ないけど無理」だった。
「そこで『うっっ』と叫んでお腹を押さえて七転八倒しました。お腹が痛いと叫んで。彼はあわてて『大丈夫? フロントに言おうか、救急車呼んでもらう?』と必死で心配してくれて。本当にいい人だと思ったけど、冷めたものは戻らない。『ごめんなさい、飲みすぎたのかもしれない。気持ちが悪いから帰る』とお腹を押さえながら部屋を出ました。多分、彼のほうも気持ちが冷めたと思います」
感情より優先されるものは
彼を傷つけるつもりはなかったし、万が一、また顔を合わせることがあれば普通に話したい。自分から望んだことではあったが、「いざとなると、無理だということもあるわけですよ」と彼女は苦笑した。「その話を友達にしたら、『結局、大昔のカフェオレ事件と一緒じゃん』と言われました。いや、あれとこれとは違うと思ったけど……」
ただ、男女が親しい関係になろうとする瞬間、理論や感情より生理的なものが最優先されるのは十分あり得る話。言い換えれば、生理的な相性がよければ、そのあとに感情がついてくることさえあるだろう。
「それまで話も楽しくて好感度爆上がりだったのに、ほんの一瞬で冷めてしまう。おもしろいものだなと思いました」
浮気しなくてよかったということなのかもしれませんね、とマリカさんはしれっと言った。