要領がよくちやほやされた姉
「思い返せば、うちの姉は昔から切り替えが早かったんですよね」苦笑しながらそう言うのはアキコさん(36歳)だ。3歳年上の姉は、利発でかわいく、小さいときから注目の的だった。姉自身、それを分かっていて周りからちやほやされるのを楽しんでいた節がある。
「大人を丸め込むのがうまいというか……。読書感想文なんかうまいんですよ。本の感想の最後に、自分もこうやって努力を重ねていきたいみたいな、大人が喜ぶような文章を入れる。それで褒められると『大人ってちょろいよね』と私には言ってました」
そんな姉だから、高校生ともなるとモテた。他校の男子生徒が姉の通学路で待っていることもあった。姉はそんな彼らを軽くあしらっていたようだ。
やりたいことをやって一流企業へ就職
「決して冷たくはしないんですよ。少しだけ期待をもたせる。モテる感覚を楽しんでいたんでしょうね。私は対照的に地味なタイプだから、姉にはよく連れ出されました。私といると自分が引き立つからとも言われた。そうだろうなあと思っていました。私は別に姉を嫌ってはいませんでした」大学生になっても姉は変わらなかった。ただ、超現実的な姉は自分の将来をきちんと考えていた。講義は要領よく理解し、語学を真剣に学び、ボランティア活動にも精を出していた。
「姉も悪い人間ではないので、ボランティアは本気でしたね。海外へ行ったり日本の被災地などにも出かけていました。学生時代にめいっぱいやりたいことをやって、一流企業に就職していきました」
やるべきことには全力で立ち向かう姉を、アキコさんはある面で尊敬していたという。姉にとっては自分がいちばん大事で、恋愛などは二の次のように見えたそうだ。
姉が本気で恋をした
そんな姉は、社会人になっても仕事はできた。一方で、恋愛は短期間しか続かなかった。「つまんない男が多いと言っていました。付き合っては別れるの繰り返し。同世代はダメねと言って年上と付き合うようになったのが社会人3年目くらいでした。私には話しやすいのか、恋愛話をよく聞かされました」
アキコさんも大学を出て就職。28歳のときに同期男性と結婚した。友だちの延長線上で、気楽に付き合い、共働きで穏やかな家庭を築いている。
「私が結婚して1年ほどたったころ、久しぶりに姉に会ったらげっそりしていて。一回り年上の上司と不倫していると聞きました。やめなよと言ったけど、『こんなに人を好きになったのは初めてなの。奪いたいけど奪えない』と苦しんでいた。姉が苦しむのは初めて見ました。彼の家庭には迷惑をかけたくないとも言っていた。その言葉で本気なんだと分かりました」
何でも思い通りになってきた姉が、初めて大きな壁にぶつかったとアキコさんは感じていた。それから3年ほど姉は仕事と恋愛に全力を注いだようだ。
疲れ果てた姉が決断したこと
「そしてついに姉は倒れてしまったんです。過労だった。心身ともに疲れ果てたんでしょう。緊急入院したので駆けつけたら、その上司も来ていました。ちょっと話したいと私から申し出て……。その上司も姉のことは本気で愛していると言いました。でも自身の両親と同居、障害を持つ子がいるから離婚はできない、それは彼女も分かっているはずって……。姉を自分の逃げ場所にしていませんかと思わず言ってしまいました」姉は入院して立ち止まったことで、自分の置かれた現実に気づいたようだ。退院したとき、「私、彼を見返してやる」と言いだした。
「その後の姉は、上司とその上の役員を半分、脅しながら必死で仕事をしたそうです。もちろん上司との私的な関係は自ら断った。そして上司を蹴落として自分がその上司の役職についたんです。社内ではいろいろ言う人もいたみたいですが、仕事の実績があったから誰も文句を言えない。そして自分が上に立ってからは、部下思いのいい上司という立場を獲得したんです」
現在、姉はさらに出世し、仕事三昧の日々を送っている。ときには若い恋人と戯れの恋をしているようだ。
「本気で好きだった上司を蹴落としたことを姉は後悔していないのかなと時々思います。本人は今の地位に満足しているみたいだけど、本当にそれでよかったのか。不倫をばらして彼を社内から抹殺する手もあったけど、私はそうはしなかったと姉は言うんです。彼は今も別の営業所にいるから生活手段だけは確保してあげた、と。でもねえ、そんなに恋心を野心に転換できるものなんでしょうか。私は姉の生き方が潔いと思うけど、無理しているんだろうなとも感じています。姉は結局、『恋なんて続かない、自分が批判を浴びる立場になる前にうまく転身したのよ』と私には言いますけど」
幸せの価値観は人それぞれだから、姉が幸せならそれでいいけど、人生って複雑ですよねとアキコさんはため息を漏らした。