筆者が受けるライフキャリアの相談の中で「親の話」が出てくることは意外と多い。例えば大学生では、親と“就職”や“留学”について意見が割れて悩む学生が多いし、40代以上になってくると高齢者となった親とどのように関わっていくべきか悩む人が増えてくる。
総務省の調べでは日本の65歳以上の人口は3625万人と過去最多となり、総人口に占める割合は29.3%と過去最高を記録した(2024年9月15日時点)。日本人として生きている以上、ライフキャリア考える上で必然的に高齢者となる親とどう関わっていくかは大きなテーマとなるだろう。
親元から離れて暮らしている息子や娘の立場からすると、少しでも親の近くに住んであげたいと思いつつ、自身の仕事や子どもの学校を考えると現実的に難しい場合もある。逆に近くに住んでいるからこそ生まれる問題もある。
親との「適切な距離感」というものは果たしてあるのだろうか。
「物理的な距離感」と「精神的な距離感」のバランス
Aさん(50代男性)は都内の大手企業勤務で、地方に住む高齢となった母親のケアは近くに住む弟さんが中心となって行なっていた。Aさんのようにきょうだいのどちらかが、東京などの都会に出て、一方は実家の親の近くに住んでいるというケースは多い。一見問題がなさそうに見えたAさんだが、彼としては長男の自分が外にいて、親の世話は次男の弟に任せっきりになってしまっていることが後ろめたく、それが理由で親との関わりも無意識に薄くなってしまっているのが悩みだった。
一度弟さんと本音で話し合う機会を持ってもらったところ、弟さんは全く気にしていないと分かり、むしろ親も長男が東京の大企業で働いていることを誇りに思っていると聞かされた。それ以降、Aさんは実家にも帰りやすくなり、今までも以上に親との接点も増えたという。
「物理的な距離」は変わらなくても、弟さんと話し合ったことで「精神的な距離」が縮まったという分かりやすいケースだ。
ただ、「物理的な距離」が変わると、それが「精神的な距離」に“悪影響”を及ぼすこともある。
愛知県出身のB子さん(40代女性)は結婚、出産後も夫の会社がある関東圏に住んでいた。ただ、「いつか孫の近くで住みたい」という母親の夢をかなえるため、数年前に実家近くにマンションを購入し家族で引っ越しを決意。夫は会社と交渉して愛知県にある支社に転勤できるようになった。
会社員であれば、マイホームを夫婦どちらかの実家の近くに持つ家庭は多い。B子さんは母親の近くに住めるようになったことで、今までより両親との「物理的な距離」は縮まった。しかし近くなったことで、母親からの連絡や買い物の誘い、また子どもの塾や習い事への干渉も増えてしまい、ストレスを感じるようになってしまったという。
親の近くに住んだことで、娘や孫とより多くの時間を一緒に過ごしたいという親からの気持ちが強くなり、「物理的な距離」があるから保たれていた程よい「精神的な距離」も急に近くなってしまったケースだ。
関係性を良くするために“あえて”必要なこと
AさんとB子さんのケースから、この2つの「距離感」を適切に保つことが、親と良好な関係を築くためのヒントであると分かったが、実はこの「親との距離感の調整」が大人になってからでは意外と難しい。子どもの頃は必然的に近くに住み、親を「頼る側」だったが、大人になると離れて住み、逆に「頼られる側」になるからだ。親にとっても「子どもに頼る」ということには慣れていないし、子どもも「親に頼られる」という感覚に違和感やストレスを感じる人もいる。
筆者がこれまでに見てきたさまざまなケースを見ると、この傾向に反して大人になってからも上手に「親に甘えること」ができている人は親と良好な関係性を築いているように思う。きっと親にとっては、いくつになってもわが子から甘えてもらえるのはうれしいし、存在価値を感じられるのだろう。
もしも自身にお子さんがいれば、うまく「孫」という立場を利用させてもらい、一緒に甘えさせてもらうのもいいかもしれない。そういう意味では、比較的子どもとの距離が近い場合が多いという意味で、男性よりも女性のほうが親に甘え上手な気がする。
男性にとってはハードルが高いかもしれないが、それができたときの効果は大きい。男性経営者が多く参加するプログラムで「親にお願い事をしてみる」という課題を出したことがあったが、それをきっかけにずっと悩んでいた親との関係が改善された人もいた。
そういう意味では、近くに住んで親に甘えられなくとも、今の仕事を続けながら「遠くからできることで親孝行させてもらう」ということも1つだと思う。
「親が生きているうちにやりたいこと」を見つける大切さ
筆者自身は、次男であり、高齢となった親のケアは北海道の実家に住む長男の兄と近くに住む姉に任せっきりである。そんな中、昨年80歳の父親が亡くなった。小さい頃からあまり家で子どもと話す人ではなかったので、大人になってからも「精神的な距離」は遠く、一緒にお酒を飲んだこともなかった。しかも筆者が4年前から沖縄の石垣島に移住したことで「物理的な距離」も埼玉に住んでいたときよりもさらに遠くなってしまった。移住してからはなかなか帰省もできず父親にもしばらく会っていなかったが、いつの日か石垣島に招きたいと思っていたので2年前の春に両親に来てもらった。
島の雄大な自然に触れてもらい、おいしいものを食べて、そのときに生まれて初めて父親と一緒にお酒を飲んだ。「精神的な距離」を近づけるまでには至らなかったが、今思えばこの石垣島で一緒に過ごす時間がなかったら筆者は一生後悔していたかもしれない。
このときはまだ元気で1年後に亡くなるとは思っていなかったが、「元気に生きている今のうちに」という気持ちで少し焦りながら旅行を段取りしたことは記憶している。そして北海道と石垣島ほど物理的に離れていなかったら、わざわざ企画していなかったと思う。
実はこの「親が生きているうちにやりたいこと」を見つけて、やってみることは大事かもしれない。それは「親のために」だけでなく「自分のために」だ。
筆者の場合はたまたまそれが旅行や一緒にお酒を飲むことだったが、内容は人それぞれ違っていいと思う。きっとそれが結果的に“親との適度な距離感や関係性”を築くきっかけになるだろう。
<参考>
総務省 統計トピックス No.142「統計からみた我が国の高齢者」
※20歳未満の飲酒は法律で禁止されています