「大学も一流、職場も一流」の姉
「うちは5歳離れているので、私が生まれるまで姉はひとりっ子として大事に育てられたようです。しかも姉は勉強がよくできた。私は親にも教師にも『お姉さんはよくできるのにね』と言われながら大きくなりました」ナオコさん(39歳)は渋い表情でそう言った。姉は家から通える有名私立大学に進学、ナオコさんは家を出たくて地方の大学に進み、親戚の家から通学した。
「私は地道に勉強して、学生時代に資格をとって仕事を得ました。キャンパスでもちやほやされていた姉は一流企業に入った。あのときは母があちこちに自慢していましたね。上の娘はすごいのよ、大学も一流、職場も一流って」
姉は28歳のときに職場結婚、相手は社内でも一目置かれるエリートで、なおかつ父親が会社を経営している富裕な一家だった。ナオコさんの父は「普通のサラリーマン」だったから、母は「釣り合わないんじゃないかしら。お父さんがもうちょっといい会社に勤めていてくれたら」と愚痴をこぼした。
あっけなく仕事をやめた姉
「父と私は顔を見合わせてげんなりしていました。母と姉はいつも共闘し、父と私は傷をなめ合うような関係でしたから(笑)、母のそういう言い方には慣れてはいたけど、内心、お父さん、かわいそうだなと思っていた」姉は母に認めてもらえているからか、常に悠々と生きているように見えた。ところがそんな姉は、結婚後、あっけなく仕事を手放した。
「せっかくがんばっていい大学に入っていい会社に行ったのに、それでいいのと聞いたことがあるんです。すると姉は『夫がやめてほしいって言うから。お金に困ることもないしね』って。そんなものかなあと疑問を抱いたのを覚えています」
ナオコさんはその後もひとりで仕事をしながら暮らしていたが、3年前から3歳年下の男性と付き合い、現在は一緒に住んでいる。結婚という選択肢を考えないでもないが、「なんとなく今のままのほうが居心地がいい」とも思っているそうだ。
姉と言い争いに
ナオコさんの姉には、現在、15歳の娘と12歳の息子がいる。30代で家を購入したが、姉は子どもをもったころから、実家に入り浸るようになった。「たまに用があって電話をかけると、姉が母の携帯を奪い取って『なに、何の用?』とケンカ腰に言ってくる。どうやら夫ともうまくいっていないみたいで、しょっちゅう母に愚痴っているらしい。『私が仕事をやめて家庭に入ったのに、夫は私のことをちっともかまってくれない』と。さすがの母もどう対処したらいいのかわからなくなったのか、ときどき私に話を聞いてやってよと言い出しました」
ナオコさんにも仕事があり、彼との生活もある。姉や母からはいつも不快な思いばかりさせられてきたあげく、今度は姉を助けろというのかと腹立たしかった。それでもふたりだけの姉妹だからと、ナオコさんはあるとき姉に会ってみた。
「夫は仕事三昧、子どもたちは母親をバカにする、私は何のためにがんばってきたのかと延々、愚痴を言い続けるわけです。お姉ちゃん、どうしたいの。前に進みたいの、現状維持なの、それともいっそ家族と別れたいのと言うと、『あんたはいつも極端だ』と怒りだした。でもね、生きていくためには常に選択と決断を続けていくしかないんだよと言ったら、『結婚もしないで男と暮らしているふしだらなあんたに何がわかる』って。あまりの言い方に笑っちゃいました。やっぱりこの人はダメだわと」
姉の衝撃的な発言
「夫がいようが子どもがいようが、自分の人生なんだから自分で考えないと」と言ってみると、姉は「考えたくもない」と吐き捨てるように言った。聞き捨てならないと思ったナオコさんが問い返すと、姉は自嘲気味にこう言った。「人の言うことを聞いて生きていくのがいちばんラクなのよ。子どものころはおかあさんが全部決めてくれた。職場では上司の言うことを聞いていれば仕事ができると言われた。結婚後は夫の言うことを何でも聞いた。それなのに今、どうして私はまったく報われないわけ?」
人の言うことしか聞いてこなかったから報われないんだよとナオコさんはため息をついた。そういえば姉はしっかり者に見えていたが、ナオコさんが意見を聞くとまったく答えられないことが多かった。周りがこう言うからとか、世間的にはこう思うんじゃないのとか「つまらない答え」ばかりだった。
「自分でなにも決断してこなかった人生、私だったら恥ずかしいけど、姉にとってそれはある種のステイタスだったんでしょうね。周りが決めてくれるから、それに従っていればよかった。でも45歳にして、何かを決断しないと生きている実感を得られなくなった。なんだかね、悲しい人生だなと思いました。もっと悲しいのは、いつだって人は明日を変えられるのに、姉には変える気がないことですね」
経済的には困らない、時間にも余裕がある姉の暮らし。一方、自分は必死に働くしかないが、その中で楽しいことはいくらでもある。自分で決めた人生を生きている実感がある。いったい、どちらが幸せなんでしょうねとナオコさんは遠くを見るような目になった。