有名私立中に合格「幸せが手に入った」と思った
そのかいあって、娘は有名私立中学に合格した。近所でも親戚の間でも話題になり、カヨさんは幸せの半分が手に入ったと感じた。あとの半分は、これから徐々に手に入れていくのだ、と。「ところが娘は中学になじめなかった。成績も惨憺(さんたん)たるもので、これじゃ高校への内部進学も難しいと言われてしまいました。努力が足りないと、私は娘を責めました」
それを機に、娘は学校へ行かなくなった。叩いて起こし、無理矢理学校へと送り出したが、どこかでサボっているらしい。どうしたらいいかわからなかった。カヨさんがパニックになりかけているとき、娘が自室で手首を切った。
「夫が見つけたんです。夫は学校へ行かないことも容認していて、それで毎日、私たちは怒鳴り合いの状態だった。夫は夫婦げんかが娘に悪影響を及ぼすのではないか、娘とちゃんと話してみようと夜中に娘の部屋へ行って、倒れているのを見つけたんです」
娘の一大事でも「近所にバレないか」が心配だった
夫が救急車を呼んでいるときでさえ、彼女は「近所の人に知られたくないという思いでいっぱいだった」と言う。今思えば、娘のことなど何も考えていなかった、と。娘のケガはたいしたことはなかったが、「消えたい」思いは本物だった。
「病院で娘が目覚めたとき、小さな声で『ママ、ごめんね』と言ったんです。それを聞いて、自分がどこまで娘を追いつめていたのか、初めてわかりました。生きていてよかった、とも思った。それ以上のことは望まないと。この子が産まれたときから、私は間違った方向に歩いてきたんだと。自分の夢を託すのは間違っていたとはっきりわかりました」
娘は私立中学を退学、地元の公立中学に転校した。周りとなじめるか心配していたのだが、すぐに友だちもでき、クラブ活動も始めた。小さいときからバスケットボールをやってみたかったのだという。
「運動なんて危ないからとあまりやらせなかったんです。娘がバスケットが好きだなんて知らなかった。私は運動神経がまったくないタイプなんですが、娘はめきめきとバスケが上手になった。夫はオレに似たんだって喜んでいました。夫もバスケをしていたそうです。それも知らなかった」
夫と娘はバスケットを通じて、深く心を通わせていった。
「私は娘を追いつめた負い目があって……。娘は今、高校3年生です。目指すところがあるようで、それなりに受験勉強をしていますが、今でもふと、いい大学を目指せるのではないかと思ってしまう自分がいます。10数年をかけて託してきた夢から、私自身が離れられない。娘のためと言いながら、やっぱり自分のためでしかなかったのは、認めざるを得ませんが」
「きみの幸せが娘の幸せ、なのではなく、娘の幸せが自分の幸せなんだよ」
夫にそう言われたことを忘れないようにします、とカヨさんは少しだけ不服そうな顔になった。