ピルを服用し始めた
初めて見るアイさんの剣幕に彼は恐れをなしたのか、それ以降、あまり子どものことは口にしなくなった。忙しい日常を送りながらも彼は黙って率先して家事をこなす。ときにはアイさんに「オレ、今日、弁当だから作っておいたよ」とさりげなく弁当を持たせてくれることもあった。「彼とのリズムが合ってきたというか、ふたりで新しい日常を作っている感じがありました。それでも妊娠しやすい時期は、仕事が忙しいと言って夜は避けていたんです。実際、結婚して1年後には、大きな仕事を任されて張り切っていたんです。そんなとき、『そろそろ本気で子どもを作ろうよ』と言いだして。今は無理と言ったんだけど、妊娠しちゃえば会社だって諦めるよ、代わりがいないなんてことないんだから、とまたまた彼の不用意発言。それで決意したんです、ピルを飲もうと」
アイさんは彼に黙ってピルを飲み始めた。だが1年経った今、このままでいいのだろうかと思い始めた。彼は37歳、そろそろ40の声が聞こえてきている。
「私が子どもを欲しくないなら、離婚したほうがいいんじゃないかと思えてきて。黙ってピルを飲んでいることを知ったら彼はきっと悲しみますよね。ピルのおかげで私は生理も楽になって、仕事も私生活も充実していますが、彼にとっては果たしてこれでいいのかどうか」
私は「今の生活が最高」だけど
あとで知られたら、彼のほうも「裏切られた」と思うだろう。どうしても子どもが欲しい夫と、いらないと思っている妻であれば、別々の人生を歩んだほうがいいはずだ。「ただ、私にとっては今の生活が最高なんですよね。彼は妊娠について、少し勉強したみたいで、『とりあえず一緒に病院に行ってみない?』とまで言い出しています。『できるものなら欲しいし、できないならこのままの生活でいい。不妊治療までしようとは言わない』と言うんですが、だったら病院に行く必要もないと私は思う。『可能性を知りたいだけ』という彼を、どこまでごまかせるかなと考えて、そう考えることに自己嫌悪を覚えています」
どこまで腹を割って話せるのか、ピルを服用していることを言うべきか。アイさんの迷いはまだしばらく続きそうだ。