60代前半、美をまき散らす母
ヨウコさん(39歳)の母もまた60代前半。このところ、美への意識が「異常なほど」向上しているという。「まあ、いいんですよ。健康的に美しくなろうとする気持ちは、いくつになっても大事だと思う。でも先日父から聞いた様子では、ダイエットばかりしていて食べることに興味をなくしているようだと。
実家に帰ったとき、母と話したら、『スポーツジムで友だちになった同世代の女性がとてもきれいで。私もああなりたいと思ったのよ』って。顔にコラーゲン入れたりしているみたいで、それもかまわないけど食べないのはよくないと説教したら、『健康に必要な栄養はサプリでとってるわよ』と」
定年後、別の会社に再就職して70歳も間近の父は、母との食べ歩きを楽しみにしていたのだという。ふたりとも健啖家で、おいしいものには目がなかったはずなのに。母は食べる快楽より美をとったようだ。
「お父さんがかわいそうだから、たまにはおいしいものをふたりで食べに行けばいいのにと言うと、『あと3キロ痩せたら、食べるから』と母はにべもない。父は食材を買ってきて、母に低カロリーのおいしいものを自ら調理して食べさせようとしているが、母は『お父さんの作るものは決して低カロリーとはいえないのよ』と、あまり食べないらしい」
アラ還女性の「忘れ物を取りに行く感覚」
仕方がないので、ヨウコさんが月に1、2回、父と食べ歩きをしている。父は行った店のメニューや味を記録し、写真も撮って楽しそうだが、本来は母と一緒にやりたかったことだというのはヨウコさんにも感じられ、父が不憫だと思っている。「私は若いときに結婚しちゃって、あとは子育てと家事に追われてきたの。今になって20代を取り戻したい、若くありたいと思って何が悪いのと母は言うんです。そう言われると、父は何も言えなくなる。でも結婚だって自分で決めたんでしょと私が言ったら、『あんたを妊娠したから結婚しただけ』と。
今さらそんなこと言うのかと驚きましたが、60代になると若いころへの後悔が大きくなるのかもしれませんね。複雑なアラ還女性の心理は、私にはわかりませんが……」
やり残したことへの思い、しなかったことへの後悔、そして忘れ物を取りに行く感覚。確かに「今ならまだ間に合う」と思うのがアラ還世代の思い残しなのかもしれない。
「体を壊さないよう、緩く見守るしかないと思っています」
ヨウコさんは渋い表情でそう言った。