ひたすら指示を待つ65歳の夫
その後も夫は、自分で生活していく気にはならなかったようだ。「朝ご飯は何? 昼ご飯は何? と毎日のように聞いてくる。たまには夕ご飯の支度くらいしてくれてもいいのよと言うと、『何すればいい?』と。“指示待ちくん”になってましたね。あなたが食べたいもの、私に食べさせたいものを考えてと言ったら、結局、何もしないまま私の帰宅待ちをしていました」
やる気がないのかやりたくないのか、あるいはすべてに気力を失っているのか。夫の真意がつかめないまま1年が経とうとしている。
「去年の暮れ、夫に『来年の目標は? 何か目標を作ってそこに向かっていったほうが若々しくいられるかもよ』と言ったら、『仕事以外で目標なんて作りたくない。せっかくそこから解放されたんだから』って。でも楽しい目標ならいいでしょと水を向けましたが、夫はこの1年、ほぼ何もしていない。このまま老いていくつもりなのかと、こちらが不安を感じました」
最近、サヤカさんがスーパーに買い物に行こうとすると夫がついてくるようになった。散歩がてら行こうかな、と。まったく動かないよりはいいかとサヤカさんも思うが、スーパーでの夫は「私にとっても、他のお客さんにとっても邪魔でしかない」という。
「ある程度の献立を作って行くこともあれば、食材を見てからメニューを決めることもありますよね。たとえば肉売り場に行って、何の肉を買おうか、牛肉ならどれが安くて使いやすそうか、いろいろ見ていると、夫は私の隣でただぼーっと立っているんです。『ねえ、どれがいい?』と言っても『わからない』と。肉を見ようともしない。すると肉を見ようとしている他のお客さんの迷惑にもなるわけです。だからひとりでそこらへんを見てくればと言っても、私の横から動こうとしない」
夫が「本当に邪魔」で怒りが湧く
本当に邪魔だと怒りが湧くこともあるという。家の中でも、たまには手伝おうとすることもあるのだが、先を予見して動くことができないので、冷蔵庫に向かうサヤカさんの目の前に夫がたちはだかるような状態になり、イライラさせられることも多い。「つい先日も、私が行く方向に突っ立っているから、『ねえ、ほんっとに邪魔なんだけど』と思わず言ってしまったんです。夫は『えっ』と言ったまま固まっていました」
夫は横暴なタイプではないので、サヤカさんが何か言うと、すぐに怯えたように固まってしまう。それがまた彼女をイラつかせるのだ。
「定年から1年経ったとき、『あなた、このままだと心身ともにすぐ弱るよ』と脅しました。自分で考えることも判断することもせず、ただ漫然と暮らしているだけ。そんなの生きているって言えるのとまで言ってしまった」
自分の意志をもたなくなった夫には、もう人としての魅力も感じないとサヤカさんは言う。家を出て独立しているひとり娘に愚痴をこぼすと、「お父さん、子ども返りしちゃってるんじゃない?」と言われ、うんざりしたそうだ。
「頭の中で、毎日、夫が邪魔、邪魔と思ってる。私のストレスがマックスになりそうで困っています」
夫が邪魔。そう思う日がいつまで続くのか、サヤカさんはそれが怖いと言った。