自分のことは後回しにする習慣
それから週に1回ほど、彼女は実家を訪ねるようになった。「母は食欲がないわけではないんです。私が作っていった惣菜はペロリと食べる。だけど栄養のバランスを考えるのが面倒みたい。そしてそれ以上に、母は『自分のために何かをする』ことに慣れていないんですね」
自分のためだけに料理を作っても意味がないと、ある日、母は呟いたという。ずっと家族のためだけに生きてきた母にとって、料理はあくまでも「家族のため」であって、自分のためのものではないのだ。だから作る気にもなれないのだろう。
「それは間違いだと懇々と説教しました。食べることは体の根幹を作ること。自分を大事にするため、結果的に私たち家族を安心させるためにもきちんと食べなければいけない、と。このままの食生活をしていたら、栄養不足になるのは目に見えている。そうするとならなくてもいい病気になるかもしれない。いくつになっても健康は自分で守っていかなければいけないのよ、と」
エリコさんは「悲しかった」という。母の人生が家族のためだけに捧げられてきたことが。文字にすれば理想的な日本の母親のように美化されがちだが、決してそんなことはないのだ。娘にとっては、高齢になっても勝手に元気で楽しんでくれたほうがよほどいい。
「母の人生は母のものだから。私がどんなに心配しても、代わりに楽しむことはできない。今なら間に合う、自分の人生を考えてと伝えました」
母の変化に「ホッとした」
それ以来、母は少しだけ考え方を変えたようだ。近所の人が風邪をひいて伏せっていると聞くと、料理を作って持って行くようになった。それでもまだ、人のための料理ではあるが、キッチンに立つ習慣はいくらか取り戻せたらしい。「先日、奮発して少しいい肉を買ってふたりですき焼きをしたんですよ。肉を多めに買っていったから、これは明日、焼いて食べればと言ったら、『いいのかな、ひとりでこんな贅沢して』って。だからお父さんにもあげればいいじゃないと仏壇を示しました。翌日、ひとり焼き肉がおいしかったと連絡があってホッとしたところです」
自分を犠牲にして家族を優先させる。それが「いい妻、いい母」と信じてきた人ほど、こうやってひとり暮らしになったとき、自分の食事や生活をないがしろにしてしまうのかもしれない。