SNSで出会った彼は覚醒剤の常習者だった……。
若者の間で大麻や覚醒剤など違法薬物の使用が広がっています。その一因に、SNSを介して薬物にアクセスしやすい環境があるとされています。薬物と無縁の生活を送っていても、SNSを通じて偶然知り合った人から薬物の使用を誘われ、ある日突然人生が暗転するケースもあります。
「深く考えず、雰囲気に流されて使用してしまった」と後悔を口にするのは、山田誠さん(仮名・36歳)。覚醒剤使用の罪で2度逮捕され、職を失い、家族との間に亀裂ができ、生活の全てが壊れたと話します。ごく普通の生活を送っていた山田さんが薬物に手を出したきっかけや、SNSでどのように薬物を取引するのか取材しました。
薬物使用のきっかけは、ゲイ友達との出会い
新宿駅近くの待ち合わせ場所に現れた山田さん。深々とお辞儀をしてあいさつする様子から、礼儀正しく真面目な性格がうかがえます。同性愛者でもある山田さんが、薬物に手を出したきっかけはSNSでの出会いにありました。「私はゲイなんですが、ゲイの人たちは友達を作れる場所がどうしても限られるんですね。例えば男女(異性愛者)だったら、気軽に合コンとかあるじゃないですか。でも、ゲイ同士ではなかなかそういった機会がありません。なので、私の場合はSNSに頼るしかありませんでした」
20歳の頃、山田さんはSNSで交友関係を広げていくなかで、Aさんと知り合いました。2人だけの場所でAさんがバッグから覚醒剤を取り出した瞬間、山田さんは「怖いと思った」と話します。
「今考えるとAさんは覚醒剤を使って、自分との依存関係を築こうとしたのかもしれません。でも、その時は薬物の恐ろしさなど何も分かっておらず、雰囲気に流されて一緒に使ってしまいました。自分自身が弱かったなと思います」
「薬物に依存しているわけじゃないから大丈夫」という過信
山田さんが覚醒剤を使用し始めた頃、ちょうど有名人が違法薬物の使用で逮捕されたというニュースが大きく報道されました。自分も逮捕されるのではと不安を感じながらも、薬物の依存性を感じないまま普段通りの生活を送れていたことが、「自分は大丈夫」という過信につながったと言います。地方にある実家に住みながら、月に1回程度、Aさんと会う時だけ覚醒剤を使用する生活を4年ほど続けていた頃、24歳の時、山田さんは逮捕されました。
「夜中、繁華街を歩いていたら職質(職務質問)を受けたんです。警察官はなんとなくコイツは怪しい……というのが分かるんだと思います。ちょうど覚醒剤を使用した後で、カバンに注射器が入っていました。それが見つかり、その場で逮捕されてパトカーで警察署に連れて行かれました」
覚醒剤の使用・所持の罪で1年半の執行猶予を受けた山田さんは、それまで勤めていた職場に罪状が伝わり、仕事を解雇されました。この時、Aさんとの関係は断ち切り、薬物の使用はやめることを決意します。
SNSで新しく出会った人は、またもや覚醒剤の使用者
3、4年ほど地元でアルバイト生活をした後、山田さんは仕事を探すため東京に引っ越して職業訓練学校に通い、無事に正社員の仕事に就くことができました。しかし、1回目の逮捕から8年が経った頃、SNSで再び覚醒剤を使用している人に出会ってしまいます。
「もちろんSNSで出会う人の大半は薬物を使用していません。ただ、薬物を持っている人にも出会う可能性があるのがSNSの怖いところです。薬物を再び始めた時は、また逮捕されたらどうしようとドキドキしていましたが、その緊張感が過ぎるとまた慣れてしまうんですよね……」
再び覚醒剤に手を染めてから半年も経たない頃。山田さんは、朝、出社するために自宅を出て歩いている途中で、私服の警察官に取り囲まれ、令状(逮捕状)を提示されて逮捕されました。
「警察が待ち伏せていたということは、(薬物の使用の)確かな証拠があったからだと思います。どこかから情報が流れて、ひそかに捜査されていたのではないかと。再犯だったので執行猶予は付かず、3年の実刑判決が下りました。裁判官から判決が言い渡された時は、(事の重大さに気付いて)呆然としました。ショックで何も考えられなかったですね。」
社会から閉ざされた、窮屈な刑務所暮らし
山田さんが入所したのは、初犯の受刑者が9割ほどを占める刑務所でした。刑務所での生活は、朝起きてから寝るまで、何をするかが細かく決められており、まるで学校のようだったと振り返ります。「朝6時半に起床と同時に掃除して、朝食を取ってから工場で働き、午後に運動して夜9時に就寝。入浴も、夏は2日に1度、冬は3日に1度と決められていました。
刑務所では、幅を利かせている人もいればおとなしい人もいます。『あいつには逆らうなよ』と忠告を受けたこともありました。初犯とはいえ、ヤクザや半グレ(暴力団に所属せずに犯罪を行う集団)の人たちもいるなかで、堅い仕事しかしたことのない私はどちらかと言うと異質な存在だったと思います。打ち解けられるような感じもなく、周りの空気を読みながら気を使って過ごしていましたね」
SNSを使って簡単に薬物を手に入れられる時代
最近では、SNSを介して薬物を売買した容疑で逮捕される事件も多く発生しています。覚醒剤を使用する人と親しくなったあと、自身で覚醒剤を入手していた山田さんも「今は、SNSで簡単に薬物を手に入れられる」と話します。「例えばX(旧Twitter)で検索して覚醒剤の情報を見つけ、DM(ダイレクトメール)を送って売人とつながる方法があります。売人にもよりますが、郵送だとリスクが高いので、ほとんどが直接手渡しです。待ち合わせ場所と金額を指定され、目が合ったら会釈して、薬物とお金をスッと交換するような流れで取引が行われます。売人によっては、コーヒーショップなどで待ち合わせをして、たわいもない会話をしながら(薬物とお金を)交換することもあります」
自分の名前を明かさず簡単に薬物を入手できるため、「バレない」と思う人もいるでしょう。しかし、匿名でやりとりしていても「いつかは警察に捕まる」と山田さんは断言します。
「売人から薬物を買った人が逮捕されると、逮捕された人のスマホの履歴が調査されます。そこから、売人やその売人から薬物を買っていた他の人たちの情報も明らかになるでしょう。匿名でやりとりしていても、IPアドレスなどで追跡されています。なので、(薬物に関与していることを)隠し通すのは無理だと思いますね」
今では、SNSを利用して一般の人でも簡単に薬物や薬物に関わる人とつながることができる時代です。薬物に関わる危険性に注意を払って、慎重な行動を心がけましょう。
<後編に続きます>
前科者は、どうやって社会復帰すればいいのか?薬物から立ち直る36歳男性の葛藤と決意
取材・文/秋山 志緒
外資系金融機関で広報業務に従事した後に、フリーのライター・編集者として独立。マネー分野を得意としながらも、ライフやエンタメなど幅広く執筆中。ファイナンシャルプランナー(AFP)。X(旧Twitter):@COstyle