たった1日で、年収分を失うなんて……。
新しいNISA制度が始まったことや日本株価の上昇を背景に、株式投資を始める人が増えています。インターネットや書籍、雑誌では、「投資でお金を増やそう」「ブームに乗ろう」といった情報があふれ、投資で成功した人の話もよく知られています。一方で、投資に失敗した人がどのように困難な状況に追い込まれたか、その詳細を耳にする機会は少ないのではないでしょうか。
「もっとたくさん儲けたいと欲張ったのが、転落の始まりでした」と話すのは、漫画家・イラストレーターの深蔵さん(40歳)。株式投資で利益を得る快感から投機的な取引にのめり込んでしまい、その結果、約1年半で総額500万円もの損失を出してしまいました。深蔵さんに失敗の経緯とそこから得た教訓を語ってもらいました。
なぜか「買っては下がる」で1カ月に100万円注ぐ
――投資の知識は何もなかったとのことですが、なぜ株式投資を始めたようと思ったのでしょうか?深蔵さん:31歳の時、父親が60歳で定年退職した後すぐに亡くなったのを目の当たりにして「自分もいつ死ぬか分からない。(自分の人生を有意義に生きるために)好きなことを仕事にしよう」と決意しました。会社を辞めて独立し、イラストレーターとして活動を始めたんです。しかし、はじめのうちは思うように収入がなく、預金が目減りして将来に不安を感じるようになりました。そこで、資産運用に興味を持つようになったんです。
以前に勤めていた会社の先輩や友人から「銀行に預けるより投資した方がいい」「株式投資は意外と難しくないよ」という話を聞いていたので、私も投資に挑戦してみようと。
――最初はどれくらいの資金で、どのような銘柄に投資したのですか。
深蔵さん:投資に関する知識がなかったので、元手資金20万円で買える銘柄を検索しました。当時、名前の知っている会社で、さくらインターネット<3778>などの株を買いましたね。
最初は少額を投資していたのですが、買った株がどんどん値下がりしていったんです。焦って、ますますお金を投資してしまい、気付いたら1カ月で100万円ものお金を投じていました。
目指せ優待生活!でも、これって得しているのか?
――いきなり、買った株が値下がりしたら不安になりますよね……。深蔵さん:それが、株価が下がって含み損になっても、株主優待でクオカードや吉野家の牛丼券をもらえることで得した気分になっていたんです。「これで株主優待生活を楽しめる」と思って。
でも、ある時点で、「3000円分の優待がもらえても、株価がそれ以上に下がっていたら、意味がないのではないか」と気付き、自分が得しているのか損しているのか、分からなくなりました。そこで優待目的の投資はやめて、「株の売買で利益を上げよう」と決意しました。
ブームに乗って一獲千金を狙う
――会社に投資するわけですから、IR情報(投資家向け情報)などはチェックされていたんですよね?深蔵さん:実は、最初は手当たり次第に投資していて、失敗を繰り返す中で企業の決算(業績発表)やニュースが株価に影響するということが分かりました。でも、チャートや決算を見ても、なぜ株価が上がるのか、下がるのか分からなくて……。ネットの掲示板の情報を頼りに、値動きの激しい株を狙って取引していました。
――行き当たりばったりで投資されていたんですね。
深蔵さん:そうですね。当時、『パズル&ドラゴンズ』や『モンスターストライク』といったソーシャルゲームがブームだったので、関連銘柄に一獲千金を狙って投資していました。すると、翌月10万円の含み益が出たんです。これはいける!と思って、「次は、1日に1万円儲けよう!」と考え、デイトレードを始めるようになりました。
ただ、細々と利益を出しているうちはよかったんですが、デイトレで暴騰を経験してから、数万円の利益では物足りなくなってきたんです。「足りないのは資金だけ。手元のお金がもっとあれば大きく儲かるはず」と考えてしまい……。それで始めたのが、信用取引(※1)です。
(※1)現金や株式を担保として証券会社に預けて、証券会社から売買に必要な現金や株式を借りて行う取引のこと
信用取引開始後、数時間で200万円失う
――信用取引は大きなリターンを期待できる半面、リスクも高いですよね……。深蔵さん:当時はリスクに目を向けられていませんでした。「この株は絶対に上がるだろう」と思って信用取引したら、数時間後、損益合計がマイナス表示になっていて……。焦って、その日の午前中に売却しましたが、午後になるとその株価が上昇していたんです。今度こそ損失を取り戻そうと買い戻しを試みたら、また下がっている……。結局、信用取引を始めた初日に、わずか数時間で200万円のお金を失ってしまいました。
当時、かけ出しのイラストレーターで年収が200万円ぐらいでしたから、「1日で1年分の収入を失うなんて……」と、とてもショックでした。
――敗因はどのような点にあったと思いますか。
深蔵さん:ネットの掲示板で書き込みを見て、KLabやイグニス(現在は上場廃止)など、値動きの激しい株を狙うようになったのが間違いだったと思います。信用取引を始めてから、利益を大きく増やすことばかりに気を取られてしまい、基本的な会社の情報さえ見なくなっていました。その会社が何をやっているかも分からずにお金を投じてしまい……。その結果が、含み損をさらに拡大させたのだと思います。
証券会社から恐怖の通知!追証って何?
――信用取引をやめようとは思わなかったのですか。深蔵さん:損失を取り戻したい気持ちがあり、引くに引けなかったんです。このまま引き下がったらマイナスのまま終わってしまうし、まだ上がる銘柄が見つけられるかも……と思って。
必死に信用取引を続けているうちに、証券会社から「追証(※2)が発生している」という通知を受けました。
(※2)「追加保証金」の略称で、委託保証金(信用取引を行う際に、信用を供与してくれる証券会社に担保として差し入れる現金や株式など)が最低の委託保証金維持率を割り込んだ際に、追加で入金しなければいけないお金のこと
――追証通知を受けて驚かれたのでは?
深蔵さん:追証という言葉すら知らなかったので、「何これ?」って感じでしたよ(笑)。ネットで検索して、追加で口座に入金しないといけないことを知りました。
複数の銀行口座を持っていたので、慌ててそれらの口座にあるお金をかき集めて信用口座に入金し、追証を解消しました。以前に勤めていた会社からの退職金がまだ残っていたので、借金することなく済みましたが、それがなかったら……と思うと本当に恐ろしいですね。
失敗の根源にある「もっと儲けたい欲望」
――さまざまな投資手法に取り組まれていると思いますが、これまでの失敗で得た教訓はなんでしょうか。深蔵さん:株式投資で成功すると、「もっと儲けたい」という欲に駆られます。私もデイトレで成功したときは、リターンにばかり目が向いていました。でも、大きなリターンを狙うほどリスクも高くなりますから、リスクを考えられなくなったら危険です。
私が投資で失敗した大きな原因は、一獲千金を狙ったことだと思っています。株価の値動きだけを見て、事業内容も知らない会社にお金を投じるのは、投資ではなく「ギャンブル」だったと反省しています。
きちんと会社の事業内容を調べて理解した上で投資することが大事です。個別の株に投資する場合、株価の変動に振り回されず、長期的に保有できる銘柄に投資するのがいいと考えています。
――大きな損失をご経験されていますが、そもそも投資をしなければよかったと思うことはありますか。
深蔵さん:損失を出したことは大きな痛手ですが、その経験から学び得たこともあるので、投資はもちろん失敗したことも後悔はしていません。
<後編に続きます>
残高ゼロ、定期預金の解約を経験してもやめられない……ギャンブル投資の中毒性と教訓
深蔵(ふかぞう)
製パン会社営業から社内SEを経た後、漫画家・イラストレーターに転身。フードコーディネーター・薬膳コーディネーターの資格も持つ。オリジナルレシピの考案も得意。著書に『マンガ 株で調子に乗って失敗しました。』(イースト・プレス)、『世界の片隅で地味に生きる』(オーバーラップ)などがある。
取材・文/秋山 志緒
外資系金融機関で広報業務に従事した後に、フリーのライター・編集者として独立。マネー分野を得意としながらも、ライフやエンタメなど幅広く執筆中。ファイナンシャルプランナー(AFP)。X(旧Twitter):@COstyle