「一口ちょうだい」の重要性を主張する夫
だが、夫は「自分が食べたいものを頼んだのだから、誰にもあげない」という娘の姿勢を、これでいいのかとずっと考えているようだという。「私自身、一口ちょうだい攻撃が苦手で、子どもが産まれてからの夫のそれを面倒だなと思っていたので、娘に賛同しているんです。でも夫は『他人ならいざしらず、家族なんだから一口ずつ同じものを食べて共有したい』と考えを崩さない。何が正解かという話ではないけど、なんとなくお互いにモヤモヤしているんですよね」
コロナ禍で、人と料理をシェアすることが減ったのはナナコさんにとっては喜ばしいことだった。あれ以来、「まあ、いろいろあるからシェアはやめよう」と言ったり、「状況が状況だから鍋料理はやめよう」と気軽に言えるようにもなった。彼女は人とシェアするのが原則の鍋料理も嫌いなのだという。
「家では鍋をしますが、それでも取り分け用のお玉や菜箸を用意して、鍋に直接、自分の箸は入れないようにしています。夫に言わせれば、私がもともと神経質すぎるんだと。だから子どもたちも神経質になってしまう。このままじゃ社会に適応できないぞというんですが、直箸のやりとりや“一口ちょうだい”を嫌がることで適応できないなんてこと、あるわけじゃないでしょ。私は夫が無神経すぎると思っています」
「神経質すぎる」「社会に適応できない」
時代の流れとしては、「一口ちょうだい」はなくなっていく方向なのかもしれない。あとは個人間の感性や親密度によるだろう。「夫には、せめて外ではやめてもらいたいですね。他人にはやらないでよと言っていますが、同僚とランチに行ったらやっているんじゃないかと不安も感じます。そういう人、今の時代ではきっと嫌がられると思うから」
ナナコさんの心配を夫は笑い飛ばしているようだが、密かに嫌がられている恐れはある。その人にとっては当然だった習慣のようなものが、今は通らないこともあると心しておいたほうがいいのかもしれない。