娘の鋭い一言にドキッ
パートナーに不機嫌になられたら困る、怖い。そんな理由で無意識に顔色をうかがってしまうことは男女ともにあり得る。だが、マホさんは心の底で「夫を怒らせるのは妻に責任がある」と思い込んでいたと、彼女自身が話してくれた。不仲で横暴な父に仕える母の姿を見ながら、彼女はいつも怒りを母への同情に変換していたのだ。ああいう夫婦は嫌だと思っているのに、自身もいつの間にかなぞっていた。
「夫の無言の圧に負けて、出産と同時に退職しました。娘が小学校に上がるまでは家でできる仕事をしていたけど、微々たる額しか稼げなかった。独身時代の貯金で少し株に投資したりはしていました」
娘が10歳になったころ、かつての同僚のつてで契約社員として仕事復帰。それでも夫に何も言われないよう、家事は手抜かりなくこなしていた。
つい先日のことだ。
「あるとき、夫が早めに帰ってくるとわかっていながら、どうしても頼まれて少しだけ残業をしたんです。帰宅途中で、つい惣菜を買ってしまいました。夫がそういうのを嫌うのはわかっていたけど、部活から帰ったばかりの娘に早く食事をさせたかったから」
夫はすでに帰宅して入浴中だった。娘も帰ってきたばかりのようだったが、ごはんだけは用意しておいてくれた。マホさんは下ごしらえしてあった料理を作りながら、買った惣菜をレンジでチンして皿に盛った。これならおかずが少ないとは言われないはずとホッとしたのもつかの間、食卓について惣菜を口にした夫は、「これ、買ったもの?」とつぶやいた。
「ごめんね、どうしても今日は間に合わなくて。一品だけできあいで許してと私が言ったら、娘が『どうしてママが謝るの? 今日はパパが早く帰っていてママは残業だったんだから、パパが作ったっていいはずだよ』と。夫は何か言おうとしていましたが言葉が出てこなかったようです。
娘は『ママもママだよ。いつだってそうやってパパの顔色をうかがって我慢ばかりしてる』と激しい口調で言ったんです。私は夫に逆らってはいけない、ケンカになってはいけないと思うから、理由もなく謝る癖がついていた。夫は父ほど横暴ではなかったし、もちろん手を上げることなどない。それでもどこかで“男の人”は女より上だと思っていたのかもしれません」
夫への忖度を娘に見抜かれて落ち込んだ
その晩、マホさんはいつになく気分が沈んだ。自由に見せかけながら夫への強い忖度を娘は見抜いていたのだ。だがこのままだと、娘もまた自分のような人生を送ることになるかもしれない。それが怖かった。「正直に夫に話しました。もともと望んでいたのとは違う家庭を作っているのではないか、夫婦の関係が間違っているのではないか……。夫はほとんど何も言わずに聞いていましたが、『オレもちょっと考えてみる』って。夫婦で娘の言葉にショックを受けましたね」
ふたりはこれからちゃんと話し合ってみるつもりだという。娘に自分たちの気持ちを言葉にして伝えたいから。