日本経済が好調で株価が上がっているわけじゃない?
――日経平均が最高値を更新しましたが、景気が良くなっている感じがしないのですが……。永濱さん:日本経済(景気の良し悪し)と日経平均株価は、別物と考えた方がよいでしょう。日本経済は、GDP(国内総生産)がどれだけ増えたか、つまり国内で生活している人がどれだけ富を稼いだかで決まります。GDPが増えていると、経済が成長していて、景気も良いといえます。現状、日本のGDPは減少しているので、景気(経済)が良くなっているという実感が持てないのでしょう。
一方、日経平均株価は、グローバル展開している日本企業が、世界でどれだけ稼いだか、また稼ぐ可能性があるかというところで決まります。いま株価が上がっている会社の多くは、海外で利益を上げているケースが多いので、日本経済とあまり関連性があるとはいえません。
物価が上がったから“節約”は間違い
――実際の日本経済は、あまり良いとはいえない状況で物価は急上昇していますが、なぜ給料はなかなか上がらないのでしょうか?永濱さん:給料が全く上がっていないわけではありません。賃金データの推移を見てみると、一般労働者やパートタイム労働者の賃金は上がっています。ただ、給料が上がる以上に物価が上がってしまっているため、実感しにくいのかもしれませんね。
就業者の賃金推移(出典:毎月勤労統計調査/令和5年分結果速報より)
日本人は、物価が上がると節約してしまう人が多いですよね。でもそれは、経済学的には、あまりよくありません。本来、物価が上がったら、もっと物価を上げていくために、購買をしないといけないのです。物価というのは、モノの値段であり、その一部が私たちの給料になります。ですので、全体的に物価が上がらないことには、給料も上がらないというわけです。
日本国内だけで、経済が完結していれば、物価も給料も上がらなくても問題ないかもしれません。でも残念ながら日本は、食糧ひとつとってみても、自給率が4割を切っていて、海外からの輸入に依存せざるを得ません。
他国の経済は成長し、物価も賃金も上がっているので、当然輸入品の値段も上がり、負担も大きくなります。海外からの輸入に頼っている以上は、海外に負けないくらい物価と給料を上げていかないと、私たちの生活は苦しくなってしまいます。
なぜ日本人はお金を使わなくなったのか
――物価が上がったら、消費をしてさらに物価を上げていくことが、私たちの給料(賃金)を上げていくことにもつながるわけですね。とはいえ、日本人はどうして節約して、支出を抑えることを優先するようになってしまったのでしょうか。永濱さん:要因はさまざまありますが、ひとつは過度な将来不安があるからではないでしょうか。いま大学で非常勤講師をしているのですが、大学生に「将来年金がもらえないと思う人」と聞くと、7割ぐらいの学生が手を挙げました。あくまでも一例ではありますが、このように漠然とした将来への不安から、節約してお金を使わなくなってしまったように思います。
日本銀行が発表している「資金循環統計」で家計の金融資産を見てみると、日本人がいかにお金を使っていないかがよく分かります。例えば、1990年代後半頃だと、家計の金融資産は1200兆円くらいでした。そこから25年近くが経ち、家計の可処分所得はそれほど増えていませんが、2023年における家計の金融資産は2000兆円を超えています。
日本人がお金を使わなくなったことで、企業が国内でモノを売っても儲からず、給料も増えません。そうすると、ますます節約してお金を使わなくなる。このような悪循環が20~30年間続き、“失われた30年”といわれています。
こんな国は、世界中どこにもないと思います。日本もバブル崩壊以前は、普通に物価が上がって、賃金も上がって、経済成長していたのですが……。
――経済成長を続けている国と成長が低迷している日本。なぜ、差がついてしまったのですか?
永濱さん:もちろん、バブル崩壊後の経済政策に問題があったともいえます。あと、成長している国との違いを端的にいえば、「今日より明日が良くなる」と思えるかどうかというところです。
バブル崩壊前の1980年代までは、日本人も「今日より明日が良くなる」と思って、みんな結構お金を使っていました。でもいまは、残念ながら「今日より明日が悪くなる」と思っている日本人が多いのではないでしょうか。
教えてくれたのは……永濱利廣さん
第一生命経済研究所首席エコノミスト。早稲田大学理工学部工業経営学科卒業、東京大学大学院経済学研究科修士課程修了。1995年に第一生命保険入社、日本経済研究センターを経て、2016年より現職。専門は経済統計、マクロ経済分析。著書に『日本病 なぜ給料と物価は安いままなのか』(講談社現代新書)等。