妻の出世に悔しさも見せなかった夫
一方的にカッとなって離婚はしたものの
「結婚しても仕事を続けてきてよかったと思いました。夫に昇進を話したら『すごいなあ』と言いつつ、『人生、仕事だけじゃないからね。今年の夏休みはしっかりとって家族で旅行しようね』と。春先に昇進して、いきなりその夏の休みの話をするなんて、無神経な男だなと思いました。私はプレッシャーもあるけどやる気に満ちているわけですよ。なのに夫はそんな私の気持ちにブレーキをかけようとしている。私の人生にとって、この人と結婚していることは意味があるのかと考えてしまいました」
コロナ禍での仕事は大変だった。彼女は毎日出社していたが、会社としては在宅を推奨、せっかく部長になったのに部下をどうやってまとめたらいいかもわからなくなっていった。そんなときも夫はごくごくマイペース。焦るエリカさんに「会社にいなくても、部下と親しくなることはできるでしょ。オンラインでいろいろ試してみればいいじゃん」と言ってくれた。
今になれば、その夫の言葉は正しかったし、親切な提案だったのに、当時のエリカさんの心には響かなかった。
「あのあたりから夫との溝を感じ始めたんですよ。私の焦燥感をわかってくれない、あなたは気楽な立場にいるからねとひどい言葉を投げつけてしまった。そういうことが続いて、あるとき一方的にカッとなった私が『もう離婚する。出て行って』と夫を追い出してしまったんです」
高みをめざして夫と離婚したが……
離婚したのは2年前。夫と別れなければ、これ以上の高みにはいけない。私はもっと気兼ねなく仕事をしたい。そう思ったエリカさんは5歳離れた姉に助けを求めた。「姉夫婦は子どもが授からなかったんですが、ものすごく仲がよかった。でもその1年ほど前に義兄が2年間の闘病ののちに亡くなったんです。姉はがっくりきて、ほとんど外にも出なくなってしまった。私が離婚したのを機に、うちに来て手伝ってくれないかなと言ったら、『私もそろそろ外に出なければと思っていたから、ちょうどいいわ』って。午後から来て娘のために夕飯を作ってくれたり、私が遅くなるときは泊まっていってくれたりもしました。おかげで思い切り仕事ができた」
3年たって、エリカさんの仕事もようやく落ち着いてきた。会社が完全にフレックス制になったので、早めに退社して娘のために料理をする日も増えている。
「それまでも夫とは娘と一緒に会っていましたが、去年の暮れ、たまたま共通の知り合いが亡くなってお通夜で顔を合わせたんです。娘がいないところで会ったのは離婚後、初めてだった。私、元夫と目が合って、彼が少し微笑んだとき、驚くほどときめいてしまったんですよ。こんなことってあるんだろうか、私は恋に飢えているのかもしれないと思いました」
そのあとふたりで精進落としと称して小料理屋へ行った。見つめ合って話し、徳利のお酒を注いだり注がれたりしているうちに、「私はこの人が好き」と確信したという。とはいえ、今さら復縁したいとも言えない。彼にも誰かいるかもしれないと急に不安になった。
「娘は中学生になってから、私の都合が悪いと元夫とふたりだけで会うようにもなりました。つい先日、娘が今日はパパとデートだと言っていたので、『パパに誰か好きな人がいるのか聞いてみて』と言ったんです。すると娘は『どうしたの、ママ、パパにもう一度恋でもした?』ってニヤニヤしているんです。『パパが好きなのはママだけだよ。私は知ってるもん』と言い置いて、娘は飛び出して行きました。
考えたら、本当に私、別れた夫に恋しているのかも……。うれしいような悔しいような妙な気持ちです。この先、どうなるかわからないけど、しばらくこの恋心を楽しんでもいいのかなと思っています」
別れて初めて、のんびり屋の夫がいたから自分は救われていたのかもしれないとエリカさんは思ったのだという。暖かい春が来るころ、エリカさんたち元夫婦から「元」が取れる可能性は大きそうだ。