責任感が強すぎると気づいて
それを聞いたとき、ヒサトさんは「手を抜いてばかりいるのに、プレッシャーだなんてよく言うよ」と内心思った。ところが次の瞬間、気づいたのだ。妻は昔から生真面目で責任感が強かった。ゼロか100かというタイプで、できるときは全力を注ぐが、できなさそうだと感じると急に投げ出すのだ。「適当にやっておくことができない。やるかやらないかのどちらか。本来はそういうタイプなのに、プレッシャーを感じて頑張らなくてはいけないと思ったからこそ、鍋が1週間続いたんだと気づいたんです。惣菜を買ってきて済ますほど無責任にはなれない。だけど自分が納得いくようなものは作れない。だから鍋に頼ったんだろうと」
しかも彼がビーフシチューを作ったために、妻はより追いつめられてしまった。それに気づいたヒサトさんは、アバウトでいいから献立を作ろう、週末に常備菜を作ろうと提案した。妻はそれを受け入れ、週末は娘も一緒にキッチンに立つことが増えた。
「それにしても在宅ワークの妻がどうしてそこまで忙しいのか……。それとなく娘に聞くと、妻は帰宅した娘のその日の授業をすべて復習させているらしい。勉強って疲れると娘がぼやいているので、そのことも妻と話しました。まだ小学校低学年だし、勉強でがんじがらめにするのはかわいそうだ、と」
妻は母親としての辛さを初めて打ち明けた
それよりもっと楽しい生活をしよう、勉強より大事なものがあるはずだと彼は力説した。妻はすでに疲弊していたのだろう。子どもができてからずっと辛かったと初めて打ち明けた。「いい母親にならなければいけない、勉強のできる子にしなければいけない、妻としても完璧を目指さなければいけないと思っていたようです。僕はそんなこといっさい要求していないのに。食事を作れない日があってもいいし、惣菜や冷凍食品を活用することがあってもいい、みんなでご飯を作る日もあればいいし、僕が凝ったものを作りたくなったら作る。誰かが誰かに何かを強要することがあってはいけない。僕はそういう家庭にしたい。そう言ったら、やっと妻も少しラクになったみたい」
折に触れてそういうことは言ってきたはずなのだが、常にプレッシャーでガチガチになっている妻の耳には入らなかったのだろう。きちんと言葉にして伝えることは、常時しなければ意味がないとわかったと、ヒサトさんは神妙な面持ちで言った。