Q. マスクをつけると「マスク美人」になれるのはなぜですか?
目以外の情報を隠せば「マスク美人」になれる? 脳科学的に見るその理由とは
Q. 「新型コロナウイルスが流行した頃から、『マスク美人』『マスク詐欺』といった言葉を聞くようになりました。あまりいい言葉には思えませんが、たしかにマスクをしていると、男女ともに実際より『美人』『イケメン』に見える気がします。逆に『マスクを外した方がきれい(かっこいい)』ということは少ない気もします。なぜでしょうか?」
A. 視覚情報は脳の「解釈」によるもので、見えない部分は自分の「好み」で補正されるからです
筆者は大学の教員をしており、2020年度に入学した今の大学4年生たちとは、入学時からお互いにマスクをつけた顔しか知らずに過ごしてきました。最近になって初めてマスクを外した顔を見て、「何だか別人みたいだな」と違和感を覚えることがあります。みなさんも、そのような経験がきっとあることでしょう。マスクをした顔と、マスクを取った素の顔とで、印象が異なるのはなぜでしょうか。「マスク美人」や「マスクイケメン」という言葉はあるのに、その逆はあまり聞かないというのも、たしかに面白い現象です。私たちが顔を認識するしくみを踏まえて、脳科学的に解説してみましょう。
皆さんは物を見るときは、どこで見ていますか? ほとんどの方が、当然のように「目で見ている」と答えると思いますが、それは正しくありません。目は外界の光情報を受け入れる感覚器官に過ぎず、実際には、目だけでは何も「見る」ことができません。目で受け取った情報が脳に伝わったとき、初めて「見えた」と知覚されるのです。より正しく言えば、私たちはあらゆる物を「脳で見ている」ことになります。
少しだけ専門的になりますが、目で受容された情報は視神経を通じ、大脳皮質の最後部に位置する「一次視覚野」という部分に到達して、伝えられます。さらに一次視覚野から二次視覚野などに情報が伝えられ、何がどう見えているのかが認知されていきます。補足的な情報とあわせて「解釈」された結果が、私たちが「見えた」ととらえる情報になります。つまり、私たちが「見える」ととらえた物は、必ずしも現実の通りではないということです。
こうした視覚の仕組みの中で、時に脳は「見えているのに見えないふり」をしたり、「見えないのに見えたふり」をすることがあります。
「見えているのに見えないふり」の典型例は、自分自身の鼻が視界の中で気にならないという現象です。私たちの顔の中で両目のすぐ下には鼻がついていますので、自分が見ている景色の中には、必ず鼻が入り込んでいます。たとえば、実験で顔の模型を作り、両目の位置にカメラを置いて撮影すると、画面の下の方にちゃんと鼻が映ります。しかし、私たちが物を見るときに「いつも自分の鼻が見える」感じはしませんね。視界には確実に入っているのですが、いちいち視覚情報として見えてしまうと邪魔なので、脳で「無視」しているのです。見えているのに見えないという都合のいい解釈によって、「あるはずの鼻が見えない」という現象が生じています。
一方「見えないのに見えたふり」の例が、まさにマスクの有無で顔の印象が変わるという現象です。
全員がマスクをしていると、個々の顔の区別がつきにくくなります。これは、私たちが人の顔を認識するときに、「目・鼻・口の配置」を最も重要な情報にしているためです。
筆者は男性ですが、質問者のおっしゃる、いわゆる「マスク美人」「マスクイケメン」に見える、というお話もわかります。つけまつ毛をつけたり、ばっちりとメイクをした女性の顔を「目元」の印象だけでイメージすると、同じように整った顔立ちの人ばかりに思えてしまいます。不謹慎かもしれませんが、コロナ禍には「最近の人は、何だかみんな顔立ちが整っているな……」という印象を抱いていました。しかし、最近になってみんながマスクを外すと、以前と変わらない印象に戻りました。コロナ禍のマスク生活の中で、筆者の脳では何が起きていたのでしょうか。
おそらく、見えていないマスクの下にある鼻や口を、自分の好みにあわせて「解釈」していたのではないかと思います。基本的に私たちの脳は、安心することを求めます。そのため、見えていない部分には、「好きなもの」「好ましいもの」があると期待するのでしょう。そういった無意識の補正がそれぞれの脳で起こるため、マスクを取った素の顔を見たときに、何となくイメージと違う感じがするものと思われます。
この原理を知ってか知らずか、最近はある知人が「マスクをつけている方が好印象に見てもらえるから、マスクはずっと外さない」と話すのを聞きました。みなさんは、どうでしょうか。