思ったほど慰謝料をもらえず
ところが思ったほど慰謝料は手に入らなかった。浮気にモラハラ、理由はいくつもあるのにモラハラの証拠をほとんどとっていなかったからだ。「夫側の弁護士にうまくはかられたような気がするんですが、結局、数百万円の財産分与だけで家を出ざるを得なくなった。それでもいいや、顔を見なくてすむだけストレスがなくなるのだからと思い、離婚して実家に戻りました」
実家には80代の両親がふたりで暮らしていた。ユリさんはたまに顔を出していたから、両親はふたりでうまくやっているのだと思っていたが、戻ってみると何かがおかしい。ふたりとも物忘れがひどく、火を使うのが怖いのかほとんど料理もしない。
「火を使いたくなかったのもあるんでしょうけど、母は料理の段取りがうまくできなくなっていた。だから惣菜を買ってきてご飯だけ炊いて食べるような生活でした。なんとかしなければと私が料理をすると、おいしいと食べてはくれました」
そのうち、父が徘徊を始め、母は父が家の中にいないことも気づかない。すぐに自治体とつながり、介護認定を受けたが施設に入れる決心はつかなかった。
「ふたりとも徘徊タイプなんですよ。これがもう大変。しょっちゅう警察のお世話になりました。しかたなく近所の人や商店街などに出向いて、両親ともに認知症気味で、徘徊するので知らせてくださいと妙なPRをして回りました(笑)」
ここにはここの地獄がある
そのうち父が出歩いたときに転んで大腿骨を骨折して入院、それを機会に施設に入ることになった。母は今も自宅にいるが、3秒前に言ったことをまた繰り返す。「私、ついさっきも言ったじゃないと大声を出してしまうんです。すると母は怯えた目で私を見る。夫のモラハラもきつかったけど、ここにはここの地獄がある。そんな気がしています。ときどきこっちがおかしくなりそうになって……」
ケアマネに電話をかけて愚痴を言うことも増えた。ユリさん自身の心身が大事だからと、数日間、施設に預かってもらうこともあるが、母は「家に帰る」と泣くのだという。そうなるとかわいそうになってユリさんは迎えに行く。だが家に戻ると、また母の同じ発言に苦しめられる。
「どこかで覚悟を決めないといけないと思っていますが、泣く母を施設に預けられない。どこにいても楽はできないのが人生なんでしょうかねえ」
さらにユリさんは更年期症状が強くなり、心身共につらくなっていくばかりだという。「家族」は変化していくものなのだろう。夫婦であっても親子であっても、「いい関係」をずっと維持していくのはむずかしいのかもしれない。