うまくいかないことがあると、妻のせいにするのだ。
「あのとき、きみがそう言ったから」
夫の口癖は「あのとき、きみがそう言ったから」なのだと、サオリさん(40歳)は言う。日常の些細なことなら、そう言われても笑って流せる。ところが重要なことがうまくいかなかったときそう言われるのは心外だと彼女は言う。10年前に結婚した夫との間には、9歳になる息子がいる。息子が3歳になると、夫は「英才教育をしたい」と持ちかけてきた。
「私も仕事をしていましたから、息子に付き添って塾への送り迎えをするのはむずかしい。すると夫は『きみは子どもより仕事が大事なの?』と不審な目を向けてきたんです。そもそも私は英才教育なんて必要ないと思うタイプ。でも義母は『うちの子の血をひいているんだから優秀なはずよ』って。
夫は高名な大学を出ていますが、私は私立でそれほど有名でもない大学だから、結婚するときから義母には嫌味を言われていました。夫が義母にどう返すのかと思ったら、『遺伝子的には優秀なほうが強いから』って。ふたりは目を見合わせてニンマリしていました。私はいてもいなくても同じということなんでしょうね」
「あのとき、きみは同意したじゃないか」
結局、息子の塾の送り迎えは義母がすることになった。夫に「いいよね」と言われて同意せざるを得なかったという。だが、息子は体調を崩して英才教育は続けられなくなった。子どもは元気に育ってほしい、それが最優先だとサオリさんは言った。「すると夫が『だってあのとき、きみは同意したじゃないか。きみが英才教育をするって決めたんだよ』と言い出したんです。最終決定権は私にあったのか、それでこうなると責任をなすりつけるのかとビックリしました」
息子は地元の公立小学校に通っているが、そろそろ今度は私立中学受験の件で、ふたりはときどき言い争いになる。サオリさんはもちろん公立でいいと思っているが、夫は今度こそ私立中学に合格するよう、今から準備をしなければと急かす。
「息子は友だちと一緒に地元中学に通ってサッカーをやりたいと言っているんです。なのに夫は『サッカーが強い私立だってあるぞ』とそそのかしています。今回は『きみが決めた』と言われないように、息子と共闘を組むつもりです」
子どもの意見が何より大事だと夫に言うと、夫は「年端もいかない子どもに決めさせるなんて無責任なことをするのか」と妻を蔑むような目で見た。夫への信頼が少しずつ薄れていっているとサオリさんはため息をついた。
>思いは同じだったのではないのか?