公立学校にはさまざまな配慮を施した“進化形”トイレが登場している。「学校のトイレ研究会」事務局長の冨岡千花子さんに最前線を聞いた。
指定避難所もバリアフリー化が遅れ、国の目標値にはほど遠く……
災害時の「避難所」に指定されることの多い学校。トイレは、幼児から高齢者、配慮を必要とする様々な人が使うことを想定して設置する必要がある。車いす対応、手すりなどが備わった「バリアフリートイレ」は本来必須であるはずだが、普及のハードルは高い。文部科学省は2025年度までに「避難所に指定されているすべての公立小中学校にバリアフリートイレを整備する」という目標を掲げている。これは総学校数の中の校舎では93%、体育館では98%に相当する。ところが2022年度時点の達成率は、校舎7割、体育館4割となかなか進まないのが現状だ。
すべての自治体が遅れているのではない。体育館トイレのバリアフリー化を比較(2022年度時点)すると大阪府は99%普及し、すでに目標を達成している。一方、ワースト1の鹿児島県は34%と低く、自治体間の違いが浮き彫りとなっている。 トイレ関連企業でつくる「学校のトイレ研究会」が実施した2022年度全国自治体アンケート調査で「今後、学校のトイレ整備を考える上で、特に重要と思われることは?」を聞いたところ、「バリアフリー対策」と答えた自治体が最も多く、全体の8割を占めた。
しかし、なぜバリアフリー化が進まないのか。
「スペースの確保が難しい」と解説するのは、同研究会事務局長の冨岡千花子さんだ。
「学校のトイレは児童生徒が使うだけでなく、災害時は地域の人も利用するため、“公共施設”という顔ももっています。そのためバリアフリー化はとても重要なのですが、新設が必要となるとスペースの確保が難しいようです。特に体育館トイレの設置が遅れているのはその要因が大きいのだと思います」(冨岡さん)
「避難所の和式トイレが使えない」を理由に車で避難生活を送る人も
実際に避難生活を送ることになると、トイレはとても深刻な問題になる。同研究会が2016年の熊本地震で学校や体育館に避難した住民101人に行った調査によると、「地震直後(2~3日)に避難所で不便だったこと」をたずねた結果、第1位が「トイレ(67%)」だった。食事や衣類、冷暖房よりトイレの不便さが一番の悩みだったのだ。 さらに「常設トイレで困ったこと」をたずねたところ、「和式便器が多い(36%)」「温水洗浄便座がない(28%)」「床が濡れていることが多い(25%)」の回答が上位を占めた。バリアフリー化どころか、洋式化すら進んでいない環境が避難住民を悩ませた。 足腰の悪い高齢者にとって和式に「しゃがむ」という行為は難しい。子どもや障害者たちからも悲痛な声が上がり、トイレを我慢することによる健康障害も報告されたという。「和式トイレが使えないという理由で、車での避難生活を余儀なくされた人もいました。我慢してどうにかなるものではありません。生命に関わる問題です。それを担っているのが学校のトイレなんです」(冨岡さん)
ジェンダーや多様性に配慮したトイレも登場
学校現場では、性的マイノリティへの配慮だけに限らない、“だれでも使えるトイレ”を設置する動きも少しずつ広がっている。奈良県の公立中学では、男女別トイレの改修に併せて、男女共用の「だれでもトイレ」を新たに作った。個室内には洋式トイレ、手洗い、フィッティングボード、鏡、擬音装置が備えられている。気兼ねなく利用できるよう2ブース設けた。
この学校では、男女別トイレの「ピクトサイン(トイレマーク)」も、赤や青で区別せずにブラウンで統一している。これは生徒の発案によるもの。トイレの在り方を考えることが、SDGs教育の一環にもなるそうだ。
「自分の性に違和感を持ち、モヤモヤする感覚が芽生える時期は、小学校高学年から中学生頃という子が多いようです。男女別トイレを使うことに、“なんかいやだ”“モヤモヤする”といった感覚をもつ子がいます。でも、それを言葉で表現したり、自分から『NO』を言えない子が大半です。すべての子どもたちが安心して学校生活を送れるようにと、学校ごとに試行錯誤しながら、ここ数年でスピード感をもってジェンダーフリートイレの設置が進んでいます」と冨岡さん。
三重県の県立高校でも男女共用の「みんなのトイレ」を5ブース新設した。扉には男女のマークや車いす、オストメイトなどだれでも使えることが分かる単色のサインがある。
世間では公衆トイレなどのジェンダーフリー化が話題になったが、中高生の受け止め方は少し違うようだ。「学校のジェンダーフリートイレは、意外と普通に使われているんです。『通りがかりにあって近いから』などという感覚で、“みんなのトイレ”を大人より柔軟に受け入れている印象です。ジェンダーフリートイレだけでなく、男女別トイレやバリアフリートイレも含めて、選択や使い分けができるハードとソフト両方の環境づくりが重要だと思います」(冨岡さん)
ジェンダーへの配慮だけでなく、あらゆる人に配慮したトイレ環境が求められる公立学校。たかがトイレと思われてきた時代もあったが、毎日使うトイレだからこそ環境が大切だ。学校トイレは子どもたちにとって“学び”そのものなのだ。
【取材協力】学校のトイレ研究会
事務局長 冨岡千花子(とみおか・ちかこ)。清潔で快適な学校トイレを普及させるために、トイレ関連企業が結集して1996年に発足。空間建材・衛生設備・清掃メンテナンスに至るソフト・ハードの両面から調査・研究・啓発活動を重ねている。
https://www.school-toilet.jp/
【参考】
・学校のトイレ研究誌26号「学校トイレの挑戦 2023」
・学校のトイレ研究誌特別号「感染症対策ブック」