実父の死を乗り越えて
悪いことは続く。春先には実父が自転車で転倒、入院していたが頭を打ったことが原因で容態が急変、亡くなった。「そこから今度は母がおかしくなって。同居していたバツイチの姉が母の面倒を見たくないと放棄、私に黙って施設へ入れてしまいました」
ちょうど親たちが病気をしたり亡くなったりする年齢になったということなのだろうが、一気にいろいろなことが押し寄せて、タカエさんも軽いうつ病という診断を受けた。
「疲れきっていましたね。そんなとき助けになってくれたのが女友だち。食事に誘い出してくれたり、深夜までカラオケにつきあってくれたり。昔、ファンだったアイドルの歌なんか歌って、けっこう発散できた。別の女友だちは何時間も話を聞いてくれて……」
疲れた妻にとって「夫は天敵」
それでも帰宅すると、夫はカップラーメンの残骸をテーブルに置いたまま、リビングのソファで高いびき。汁が少し残った器を捨てるとき、彼女は急に気持ちが悪くなって嘔吐した。捨てずに置いてあったことで、自分が夫に責められていると感じたのだという。「夫は疲れた私にとって天敵みたいなもの。役に立たないどころか害になる。ここにいたら私、命を削って生きていくことになるのかもしれないと恐怖感がわいてきて。逃げたいけど逃げられない。少し精神的に追いつめられていたんでしょうね」
外で女友だちに癒やされ、元気づけられても家に戻ると夫が「壁」のように思えたと彼女は振り返る。同時に、夫という存在がある限り、自分は自分の人生を生きられないと感じてもいた。
最低限の家事をしながら、パートの仕事をこなしていたタカエさんだが、心身ともに本調子にはほど遠かった。ところが夏休みに娘が帰宅、数日間をともに過ごすうち、考え方が変わっていった。
「友だちには癒やされたけど、娘はもっと合理的でした。私がもっと楽に生きられる方法には選択肢がある、と。夫と話し合って協力をあおぐ、家庭内別居、別居、離婚などを列挙して、『どれでも選ぶことはできるんだよ』と言ってくれた。そんな効率的な考え方はできないけど、今の生活に耐え忍ぶしかないと思っていた私には朗報でした。視野が狭くなっていて気づかないことがたくさんあった。離婚したいと思っていたわけではなく、“完璧な家事をするのが当たり前の主婦”から逃れたかったんだと気づいたんです」
娘は夫も交えて話し合いの場を作ってくれた。自分の妻が追いつめられていることに、夫は気づいていなかったことも判明した。
「お互いに話し合いが足りないんじゃない? 娘にピシャリと言われて恥ずかしかったです。夫は別に家事を強要しているつもりはなかった、私は完璧であらねばと思っていたし、夫が無言の圧力でそうさせているとも思っていた。長年の間に、お互いに妙な誤解が積もっていったんでしょうね」
ここからはお互いに協力してくれないと、私は自分の人生を生きられないと娘に言われた言葉が、タカエさんの心に深く刻まれた。娘には自由に生きてほしい。そのためにも自分が自分の人生を生きなければならないと彼女は考え方を変えている最中だ。