トイレを科学的に分析すると、常識が覆るような目からウロコの真実が見えてくる。正しい常識を「学校のトイレ研究会」事務局長の冨岡千花子さんに聞いた。
アンモニア170倍! 水をまく清掃方法は逆効果だった……
2023年、ある公立小学校のトイレが改修された。従来のタイル床ではなく、明るい色のビニル床になり、“水をまかない”清掃方法に変更になった。見学に来ていた保護者の一人がこうつぶやいた。「え! 水をまかないで掃除するの? 汚れがひどくなりそう……」
じつは、トイレの床に水をまくときれいに掃除できたような感覚になるが、科学的に分析すると真逆の結果が出る。水をタイルの床に流してブラシでこすり洗いする「湿式清掃」と、水をまかずに絞ったモップやぞうきんなどで便器や床を拭く「乾式清掃」では、どれだけ汚れやにおいに差が出るのか。TOTO総合研究所が公立学校のトイレを調査したところ、湿式トイレのアンモニア付着度は乾式の170倍に上った。
学校のトイレ研究会事務局長の冨岡千花子さんは言う。
「菌が好むのは濡れた環境です。床に水をまいた後、濡れた状態が続くことで、菌を増殖させてしまいます。従来のタイル床は目地にアンモニアが染み込みやすく、においの元凶になっています。そして一度染み込んだらなかなか取れません」
こうしたエビデンスから、最近の学校トイレは洋式化と並行して、防臭防汚性のある「ビニル床シート」への移行が急速に進んでいる。
天日干しした洋服より菌が少ない!? 洋式便座は意外ときれいだった
洋式化することで衛生性は上がるが、一定数の割合で和式も残されている。中には改修のタイミングで新しい和式を1つ設ける学校もある。冨岡さんによると、「洋式便座にお尻が触れることに、抵抗があるという少数派がいるから」だそうだ。「和式が1つでも残ることで、感染症のリスクが上がりにおいも増えるため、全洋式化が望ましいです」と冨岡さんは指摘する。和式便器のまわりからは多数の大腸菌が検出されているが、さらにそれを靴で踏んで運んだと推測される形跡がトイレの入り口付近でも確認されている。
便座に座ることに抵抗を感じる児童生徒のための和式だが、「洋式便座の上やお尻は意外ときれいなんです」と冨岡さんは解説する。きれいな便座の上にきれいなお尻の表面を乗せるので、気にするほど汚れることはないそうだ。
「洋式便座は、天日干しした洋服より菌が少ないというデータもあります。それよりも手を洗わずに握手することや、スマホを触る方が菌はたくさん付着します」(冨岡さん)
乾式のトイレ床より菌が多い「水栓ハンドル」
学校のトイレにおける菌数測定結果のワースト1は「湿式清掃の床」だが、ワースト2はおそろしいことに手を洗う際に触れる「水栓ハンドル」だった。要は濡れている場所の菌数がすさまじいということだ。水栓ハンドルは床を乾いたまま清掃できる「乾式床」の約35倍、洋式便座の1900倍以上の菌数が検出されたというデータもある。同研究会は「どんなに手をきれいに洗っても、手動式水栓では避けられないことがある」として、手をかざすと水が出る「自動水栓」を推奨している。
「トイレにはドアや鍵、レバーなど手が触れる場所がたくさんありますが、最後にしっかり手を洗えればいいんです。ところが、手を洗っても濡れた蛇口に触れてしまうと、また菌が付着してしまいます。学校の自動水栓化は、新型コロナウイルスの流行に伴って5倍以上になりましたが、まだまだだと思います」(冨岡さん)
「ネット入り固形石けん」の落とし穴
手を洗うとなると石けんが必須となるが、未だに「ネット入りの固形石けん」を使っている学校もある。しかしここにも大きな落とし穴が。石けんの細菌汚染を比較した調査によると、液体石けんから8%の細菌が検出されたのに対し、固形石けんでは92~96%と桁違いだった。感染症対策の面から見ても、液体石けんへの転換が急務だ。
「トイレスリッパ」がかえって感染リスクを高めるケースも
またスリッパの使用についても、誤った認識が残る学校もある。冨岡さんによると、湿式の床の場合は、汚い床の菌を教室まで広げないためという意味でトイレスリッパの使用は有効だ。しかし、水栓ハンドルより菌数が少ない乾式の床では、そもそもスリッパを使う意味はあまりないそうだ。それどころか、手洗いのあとにスリッパを“手でそろえる”場合は、かえって感染リスクが高まる恐れがあるという。
学校のトイレ研究会が示すたくさんの科学的根拠によって、これまでの常識が単なる思い込みであったことに気付かされる。トイレ改修は大規模予算が関わることだが、「ネットに入れた石けんを使っている」「水栓ハンドルがいつも濡れている」という現状は、すぐに変えることができるだろう。