「うんざりだわ」とはねつけられて
2年ほど前、彼をとりまく仕事の環境が一気に変わった。出向を打診され、断ると勤務先の上層部から圧力がかかった。「これまで必死に働いてきて、会社にはそれなりに貢献してきたはず。なのにどうして出向なんだと憤りが止まりませんでした。きみにグループ会社の質を高めてほしいときれいごとを言っていたけど、ていのいいお払い箱です。給料が上がっていくと、だいたいそうやって追い払われるのを見てきました。自分もそうなるとは思っていなかった」
コロナ禍で会社の業績が悪化したとも言われた。だがシュウイチさんはコロナ禍でも実績を上げてきたはずだった。納得がいかなかった。
「そのころからですね、妻にときどき愚痴を言うようになったのは。自分では愚痴をこぼしている自覚はなく、納得いかない気持ちを話して共感してもらいたかっただけ。でも妻は、『会社としてもしかたがないということはあるんじゃない?』と共感してくれなかった。グループ会社だってクビになるよりマシよとも言っていました。僕の仕事の状況も知らないくせにと思わず言ったら『だったら愚痴らないでよ。毎日愚痴ったって、何も変わらないんだから』と。いくらなんでも冷たくないですか?」
妻には妻の意図があったのではないだろうか。だがシュウイチさんは首を横に振った。自分の社内での立場など、妻にとっては興味も関心もないのだろうと彼は言う。
「でも思うんですよ、愚痴だというならそれでもいいけど、少しくらい聞いてくれてもいいんじゃないかと。長年連れ添った夫婦なんですから。でもそれ以降も、僕が何か言うと『わかったわかった』と受け流される。『私だって更年期でイライラしてるんだから、よけいなことを言わないでよ』と怒られることもありました」
妻がダメならと、既婚者合コンに行ってみた
妻に話せなくなった彼は、今年に入ってから既婚者合コンに参加するようになった。不倫相手を探したいわけではない。寄り添って話を聞いてくれる女性を見つけたいだけだった。だが数回、参加したものの親しくなった女性はいない。
「僕は結婚後、妻以外の女性とふたりきりで飲んだことさえないんです。どうしたら女性が心を許してくれるかも覚えていない。合コンの最中、ある女性から『なんとなくあなたには負のオーラがある。それじゃ女性は近づいてこないわよ』と言われました。考えてみれば妻でさえ聞いてくれないんだから、赤の他人が聞いてくれるはずもない」
現在彼は、会社の指示通りグループ会社に出向している。やりがいのある仕事ではないが、生活のためにやむを得ないと我慢を続けている。一方の妻は、仕事帰りに同僚と食事をしたり、子どもたちと出かけたり、学生時代の友人と旅行すらしているようだ。
「更年期でつらいのよと言いながら、精力的に仕事をし、遊んでもいる。あれほど元気なら、少しは僕を気にかけてくれてもいいのにとつい思ってしまうんですよ。夫婦なんだから、夫がめげているときは大事にしてくれてもいいのに……」
彼はつらそうに言うが、妻にとっては確かに「うっとうしい」だろうと想像がつく。建設的な話ならともかく、日々、愚痴を垂れ流されたら、いくら家族でも聞いているほうが疲弊していく。毎日同じことを言っているわけではないと彼は言うが、いずれにしてもネガティブな発言しかしていないなら同じことだ。
特に抑うつ状態にあるわけではない。おそらく彼はただ、妻からの関心を得たいのだろう。もう一度、仲睦まじかったころに戻りたいのだ。それを妻がわかってくれれば、事態は案外、変わっていくかもしれない。