マチコさんは、夫にまで電話してきた
自宅に戻ると、夫が「マチコという女性から連絡があって、きみが離婚すると近所に言いふらしていると聞いた」と不快そうにつぶやいた。「誤解だと言っても、夫は不機嫌なままで。息子が『パパ、違うよ』ととりなしてくれました。それでもなかなか誤解は解けなかった。私もだんだんイライラしてきて、あなたこそ浮気しているんでしょと迫ってしまいました」
夫も逆ギレし、結婚したことが間違いだったということだけは一致した。もうこうなったら離婚も視野に入れるしかないとアユミさんは覚悟を決めた。
「だけどふと、どうしてこういう話になったんだっけと振り返ったんです。夫に浮気疑惑があったのは確かだけど、話がおかしくなったのはマチコさんが絡んだから」
隣町の知人に思わず相談してみたら
そんなとき隣の町に住む、息子の友だちのお母さんと学校行事で一緒になった。彼女は越してきたアユミさんに、学校のことなどを丁寧に教えてくれた「恩人」だ。思わず、彼女にマチコさんのことを話すと、「ああ、彼女は有名なのよ。無職の息子がいてね、誰彼かまわず息子と結婚させようとするの。気をつけて」と言われたそうだ。
「そんなマチコさんを母親のように思ってしまったなんて……。人を見る目がないですよね、私。結局、そのことを夫にすべて話しました。夫の浮気疑惑に悩んでいたのは本当だから、それも含めて夫と話合ったんです」
浮気疑惑は「誤解だ」と言いくるめられた感もあるが、マチコさんのことについては夫から「きみは人にだまされやすい、御しやすいと思われるんだ。優しすぎるんだよ。気をつけたほうがいい」と諭された。しつこく説教されるかと思いきや、意外と親身になっての発言だったため、アユミさんは夫に新鮮な感情を抱いたという。
「あんなことで離婚しようとまで思ったなんて、私は本当に浅はかだった。マチコさんも息子さんのことではいろいろ苦労しているんでしょうね。でも、人をだますようなことをしてはいけないと思う」
それ以来、ジムで会っても挨拶を交わす程度にとどめた。うちでお茶でもと言われても、忙しいからと笑顔で断っていたら、マチコさんは近づいてこなくなった。
「人に取り込まれるのって簡単かもしれません。向こうから言わせれば、夫が指摘したようにだましやすい人とそうでない人がいるんでしょうね。あのときは夫の浮気疑惑で心が疲れていたから、彼女は私が簡単に言いなりになると思ったのか……」
自分がしっかり生きなければ、息子のためにもよくない。
ふとしたとき、人ははたから見ればわかりやすい落とし穴に落ちたり、急に道を踏み外したりするものなのかもしれない。人生に、「まさか」はつきものなのだ。何が起こるかわからない。彼女はそう感じて、深く反省したという。