還暦離婚でハッピーになれた
「もちろん、本当は最後まで一緒にいたかったですよ。縁があって結婚したんだし。でも還暦を迎える直前、『もういや、ひとりになりたい』と痛切に思ったんです」にこやかにそう話すのはタカコさん(62歳)だ。60歳の誕生日に定年退職を迎え、離婚も決意した。どうせなら人生、がらりと変えてしまおうと思ったそうだ。
28歳で結婚し、共働きでひとり娘を育てあげた。夫は家の中のことはなにもしなかったから、知らず知らずのうちに「どうして私だけが」と恨みもたまっていった。それに気づいたのは大学を出て就職した娘が転勤のために家を出ていった7年前だった。
「娘が『お母さんも、そろそろひとりになることを考えて、この先の人生を考えたほうがいいんじゃない?』と言ってくれて。夫は心のどこかで私を下に見ていた。娘もそれを感じていたんでしょう。プライドを持ったほうがいいよとまで娘に言われて、そこから離婚の二文字が頭に浮かぶようになりました」
夫婦の共有財産や結婚前の貯蓄なども調べた。話し合いがうまくいけば、家を売って財産を分けて離婚することも可能だと感じたそう。
「私の退職半年前に夫に離婚したいと初めて言いました。夫はそのときは仏頂面でしたが、それ以降、急に私の好きなスイーツやら花やらを買ってくるようになった。妻に離婚をつきつけられたらどうするか、みたいなタイトルが踊っている週刊誌を読んでいたこともあります。夫も同い年ですから、そろそろ定年が見えていたんですが、彼は嘱託として残る決意をしたところ。私は一度、仕事をやめて別のことをしたいと考えていた。だからしばらくは顔をつきあわせる生活にはならないとわかってはいました。でも私としてはやはり定年と離婚を同時にというのが目標でしたね」
夫が言った、情けない言葉の数々
何を買ってきても、今さらご機嫌をとっても離婚の意志は変わらないと夫に告げた。夫はとたんに居丈高になった。その言葉が情けなかった。「最後まで、オレのほうが給料は上だった」と言ったのだ。だからおまえにオレを捨てる理由はない、と。「意味不明~と言ってやりました。給料の多寡は会社都合によるもので、私や夫に原因があるわけじゃないから。そういうことで私を結婚に縛りつけるのはやめてほしいし、私はとにかく自由になりたいんだと主張したんです。そうしたら今度は『財産はやらない』と。それほどの財産はないんですけどね。しかたがないから家を出てマンションを借り、弁護士を立てて話し合いを進めたんです」
離婚するまでに1年かかったが、最終的には妥協点がみつかって「円満」離婚となった。夫は家を離れたくなかったようなので、ローンを返済しおわった家は夫に譲り、彼女は夫の退職金の一部をもらって離婚した。
「還暦にして家がないというのも不安ではあったけど、むしろ身軽でいいかなとも思いました」
その後、タカコさんは会社員時代の先輩が興した会社で仕事をしている。仕事のあとで友人と食事をしたりスポーツジムに行ったり。すべての時間を自分だけのために使える、誰にも文句を言われないことがこんなに気楽なものだったのかと初めて感じたという。
「60代の離婚、最初は不安もありましたが、今私が住んでいるところは単身者も多いんです。隣は若い女性が住んでいて、すっかり仲良くなりました。還暦にして人生が本当に変わった。今後を考えるといいことばかりじゃないと思うけど、自分の人生、責任をもって楽しもうと思っています」
タカコさんの生き生きとした笑顔が印象的だった。
※厚生労働省「人口動態統計特殊報告 令和4年度 離婚に関する統計の概況」