父との面会がつらかった
父親の不倫が原因で両親が離婚したというのは、サトコさん(33歳)。彼女が10歳のころだった。それまで怒号が飛び交う家が嫌だったので、離婚して父はいなくなったが家の中が静かになったことにまずホッとしたという。「母がいつもカリカリしていて怒っていて宿題もできない日々が続いていたので、それが嫌でたまらなかった。離婚してから母は穏やかになりました。3歳違いの弟は、父のことが好きだったんでしょう。寂しがっていましたが、しばらくたつと母が『お父さんがあんたたちに会いたいって言ってる』と。弟は大喜びでしたが、私はめんどうだなと思ってた」
母は父には会いたくなかったのだろう、待ち合わせの場所に送り届けると姿を消した。父と弟と3人で食事をしたが、楽しかった記憶はない。
「今思えば、私は母から無言のうちに父の悪いイメージを植えつけられていたのかもしれません。私が子どものころは仲のいい家族だと思っていたので、やはりおかしくなったのは父の不倫が原因なんだと思う。そこから私も父を嫌うようになっていったんでしょうね」
中学生になるといろいろ理由をつけて、父に会うのを避けた。母はなにも言わなかったが、それを喜んでいるように見えた。弟は変わらず父と会っているようだった。
「20歳になったとき父から連絡があったんですよ。『どうしても成人になったお祝いをしたい』と。小料理屋に誘われて、初めて一緒に飲みました。『これが夢だったんだ』と父は言ってましたね。理由なく嫌っていた父が、なんだか小さく見えて、私自身、今まで冷たくして悪かったかなとちょっと思いました。父はずっと独身のままだったから、私は不倫相手と再婚しなかったの?と意地悪な質問をしたんですが、父は苦笑していましたね。『人間って魔が差すときがあるんだよ。オレが弱かったんだけどさ』と珍しく弱音を吐いた。ごめんなと、父が深く頭を下げたのを覚えています」
それから3カ月後、父は突然の病に倒れ、還らぬ人となり、長女であるサトコさんが喪主を務めた。母は父とは他人だが、自分は父とつながっているということなんだなとサトコさんは不思議な気がしたという。
「お通夜の日だったかな、母に『お父さんのこと、許してやればよかったのに』と言ったんですよ。『絶対に無理』と言っていました。それが母の考えならしかたがないと当時は思いました。私、去年、結婚したんですよ。もし夫が浮気したらと考えたら、やっぱり許せないかもしれない。母は母なりに父を愛していたんでしょう。だからこそ許せなかったのかなと今になると感じますね」
父との縁は薄かったが、父が不倫をしたことも両親が離婚したことも、「それはしかたがない」とサトコさんは思っている。今になれば、不倫した父を恥ずかしいとも思わないし、それを許せなかった母が狭量だと責める気にもなれない。両親も人間、子どもにはわからないことがあるとなんとなく納得していた。
「ただ、父にはもう少し会えばよかったのかもしれないと今は思います。母がもうちょっとストレートに自分の感情を見せてくれれば、私は私で父との距離感を考えることができたはずなんだけど……。それも今さらですけどね。思いがけなく父が亡くなってしまったので、少し父に甘くなっているところもあるんでしょうね」
父が母ではない女性と関係をもっていたこと自体に嫌悪感を抱いたかどうか、サトコさんはあまり覚えていないという。善悪の問題ではなく、子どもながらに複雑な思いを抱えたのは確からしい。だが「自分が強くなるしかないと思っていた」とサトコさんは言う。世の中は思い通りにはならないと感じた最初のできごとが親のケンカや離婚だったのかもと振り返った。