脳科学・脳の健康

記憶力がいいことは幸せか?記憶力がよすぎることの問題点

【脳科学者が解説】暗記が苦手だと、記憶力が高い人がうらやましくなるものです。しかし記憶力がいいことは、必ずしも幸せなこととはいえません。健康的に日々を送るために、脳には記憶力を「抑制」する仕組みもあるのです。記憶力がよすぎることの問題点・デメリットをご紹介します。

阿部 和穂

執筆者:阿部 和穂

脳科学・医薬ガイド

暗記が得意な人がうらやましい? 高い記憶力のメリット・デメリット 

記憶力が良過ぎるのは幸せではない?

記憶力が良すぎるのは幸せではない?

筆者は暗記が苦手です。覚えられないというより、覚えるのが面倒だと感じてしまいます。学生時代はとくに社会科で歴史や地理の知識を詰め込まれるのが大嫌いでした。筆者に限らず、多くの方が「記憶力のいい人がうらやましい」と思われることでしょう。

しかし、記憶力がいいことは本当に幸せなのでしょうか。脳科学の観点から、その答えを求めてみたいと思います。
 

記憶力の抑制が効かない? 風景を写真のように覚える超人的記憶力の問題点

超人的な記憶力を発揮する人たちのことを紹介しましょう。

一度目にした風景を瞬時に記憶し、スケッチブックに詳細に描くことができる青年がいます。私たちが風景を見た場合は、注目した部分だけが記憶されるので、絵に再現しようとしても情報が欠落したり、一部が誇張されて描かれるものですが、その青年の絵はまるで写真のようで、ビルの小さな窓や道を走る車まで細部にわたり忠実に再現されます。見た映像のすべてが、感情を伴うことなく、カメラのように脳に焼き付けられるのだそうです。

一般的な成長を遂げた人では、いろいろな能力をバランスよく発揮するために、脳の様々な機能がお互いに抑制しあっています。記憶力についても、目にした意味のない数字や体験したことのすべてが事細かく脳に焼き付けられてしまったら、あっという間に記憶の倉庫がいっぱいになってしまい、いざというときに役に立たなくなります。そのため普段から、必要なこととそうでないことを区別して、効率よく脳を使っているのです。

しかし、一般と違う脳の発達を遂げた人では、本来ブレーキをかけるしくみがうまく完成せず、「無駄なことは記憶しない」という抑制システムが働かないようです。そのため、覚える必要のないことまで脳に焼き付けられてしまうのでしょう。事実、こうした方たちは、とても頭が疲れるといいます。記憶力が抑制されないことには、大変な面もあるようです。
 

脳の異常による驚異的な記憶力も……「共感覚」の利点と問題点

驚異的な記憶力が脳の異常によってもたらされる例をもう一つご紹介しておきましょう。

1920年ごろ、ロシアの心理学者アレクサンドル・ロマノヴィッチ・ルリヤのもとに、ソロモン・シェレシェフスキーという名前のジャーナリストが訪れました。彼はそのとき自分の能力に気づいていませんでしたが、驚異的な記憶力の持ち主でした。たとえば50ケタの数字の羅列を3分間じっと見つめただけで、完璧に記憶できたそうです。さらに、その数字の列を後ろから順に言ったり、対角線の順番に言うこともできました。 驚いたルリヤはその後およそ30年間、シェレシェフスキーの記憶力の異常発達、それが認識過程や人格形成にもたらした作用について、心理学的なアプローチで観察・分析することになり、シェレシェフスキーの完璧な記憶能力は世の知るところとなりました。

シェレシェフスキーには幼いころから、「共感覚」という不思議な現象がありました。共感覚とは、ある情報に触れたときに、その情報がもつ本来の感覚とは異種の感覚が混在して生じる現象のことで、たとえば7という数字をみると青い色が感じられたり、ミの音階を聞くと緑色を感じたり、ハンバーグの形に苦い味を感じたりするのです。彼は、数字や文字の羅列を見ると、次々と視覚的なイメージが沸き起こり、それを記憶していたのでした。

記憶力コンテストなどで優れた成績を収める人の中には、この「共感覚」をもったケースが多いようです。共感覚をもたない人でも何かを暗記したいときは、視覚的イメージに置き換えて頭に入れるといいといわれます。ある会社の営業マンから「人の名前を覚えるコツは視覚的イメージを利用することだ」と聞きました。おそらく色や音、においなどの感覚は、言語や数字よりも原始的な脳で処理されており、意識による抑制を受けにくいため強固に記憶されやすいものと考えられます。

となると、共感覚をもった人がうらやましいように思うかもしれませんが、この現象は時に物事の理解を妨げることがあります。

本を読んでいると、そこに書かれている文字を目にするたびに次々と異なる感覚が湧き起こり、話の意味がまったく理解できなくなってしまいます。 

私たちが人の顔をみるときは、その人が怒っていても笑っていても同一人物だと認識できますが、共感覚をもった方が人の顔をみるときには、相手の表情や服装などが変わるたびに違う感覚が沸き起こり、同じ人だと認識するのが困難なのだそうです。

共感覚が起こるメカニズムはまだよく解明されていませんが、脳の発達障害と関係があると思われます。幼い赤ちゃんの脳は、神経回路が未完成で、機能の分担ができていません。そのため様々な感覚が混在することがあります。つまり、私たちはみんな生まれつき共感覚をもっていたに違いありません。成長にともない、神経回路ができあがっていくにつれ、それぞれの感覚が独立して発達し、結果として共感覚は失われていくと考えられます。

ちなみに、シェレシェフスキーは、一時期は記憶術師として働き、舞台にも出て世間で話題になりましたが、続けることができなくなり、職を転々とするようになりました。人生の後半は、忘れたくても忘れられないこと、膨大な記憶量によって心が混乱することや、共感覚者特有の日常的な弊害に悩み、「忘れること」と「平凡な人間であること」を切望していたそうです。

こうして考えてみると、超人的記憶力をもつことは必ずしも幸せなことではないようです。見たこと聞いたこと、体験したことのすべてがどんどん記憶されていくとしたら、記憶のシステムが破綻するだけでなく、認知機能が邪魔されて、何が何だか分からなくなってしまうことでしょう。幸いなことに私たちの脳は、意味ある経験だけを選んで記憶し、意味のないことは拒否するようにできているのです。

「暗記が苦手」なのは、ありがたいことなのかもしれませんね。
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