人間の脳とコンピューター、記憶が優れているのはどっち?
人間の記憶は事実の記録ではないとは
私たちは、情報を記録・保存する手段として、テープレコーダーやコンピューターなどの装置を発明してきました。時に、人間の脳とコンピューターが比較され、「どちらの記憶力が優れているか」といった議論が持ち上がることがありますね。何を基準に比較するかによって答えは違うでしょうが、あえて私は「比較できない」と答えます。
なぜなら、私たち人間の脳にできる「記憶」と、コンピューターが得意な「記録」は、違うからです。意外に思われるかもしれませんが、人間の脳なら当たり前にできて、コンピューターにはできないこともあるのです。わかりやすく解説します。
正確に記録するコンピューター、体験や解釈も加えて記憶する人間の脳
コンピューターでは、入力された情報のすべてが正確に順序だてて記録され、また必要な時に全情報をそのまま引き出して利用できるようになっています。私たち人間の脳はどうでしょうか? 脳は、体験した出来事はよく記憶しますが、他の出来事は短期間だけ覚えていて、そのうちに忘れ去ります。
また、2人の人が同じ事を目撃しても、それぞれの記憶は異なります。人それぞれに注目する部分が異なり、それが記憶になるからです。さらに、自分が持っている知識や経験から情報を引き出して、単純に見たこと・知ったことに脚色を加えて、自分なりの解釈を加えた記憶をすることもあります。
例えば、ある人が「昨日タロウ君は120円の缶コーヒーをおいしそうに飲んでいた」と、記憶していたとします。このうち、タロウ君が缶コーヒーを飲んでいたのは事実かもしれません。しかし、120円という情報は見た人の知識が加わったもので、「おいしそうに」もまた、見た人の感じ方が加わったにすぎません。
つまり、私たちの記憶は、コンピューターが行うような「忠実な事実の記録」ではなく、私たちの過去の体験を「自己流に表現」したものなのです。
単に正確に丸ごと覚えて、忘れない記憶と、どちらが優れていると言えるでしょうか? 私たちの脳がこのような仕組みになっているのには、きっと理由があるはずです。
見たこと聞いたことをすべて丸暗記するよりも、不必要なことは捨てて必要なことだけ覚えておいた方が、実生活には役立ちます。また、過去の経験や知識と関連付けた方が、データ量を少なくできます。いらないメールや写真がそのまま大量に保管されてすぐに動きが鈍くなってしまうスマホやパソコンよりも、瞬時に判断して情報の取捨選択や関連付けを行い、融通を利かせた記憶ができる人間の脳の方が、優れている面もあるのです。