幼い頃兄ばかりをかわいがった母とは、今も反りがあわない
父亡きあとの母の行状
「3歳年上の兄がいるんですが、母は兄には何でもしてあげていた。塾や歯の矯正なども兄には積極的だったけど、兄より歯並びの悪かった私のことは無視。塾も通わせてもらえなかった。『あなたは女の子だからいい大学には行かなくていい』『歯の矯正はもうちょっと様子を見てから』と言われ続けた。私は必死で勉強して、母が言うところのいい大学に行き、就職してから自分で歯を矯正しました。もちろん就職後はひとり暮らしを始めました」カエデさん(38歳)は、子どものころから兄ばかりかわいがる母にわだかまりをもっていた。ところが兄は母が期待するほどの大学へは行けず、就職すると遠方の支社へ配属された。父はもともとあまり家庭には関心がなかったので、母はその後、パートで仕事をしながら自分の趣味に生きるようになった。兄は年に1、2回顔を出したが、すぐに帰っていったらしい。母がカエデさんの留守番電話に愚痴を残すこともあった。
「父との関係がうまくいかなくて、母は寂しかったんでしょうね。私をないがしろにしたというより兄にお金を遣って、私の分がなかっただけかもしれない。今になるとそう思います」
カエデさんが33歳のとき、父が病気で亡くなった。
「お葬式で久しぶりに会った兄に恨みはなかったけど、相変わらず兄をもてなす母には嫌悪感がよみがえりました」
それから1年ほどたったとき、母がお金がないとカエデさんに連絡してきた。父の闘病にお金がかかったなどと言っていたが、その後、母が就職した兄に小遣いを毎月振り込んでいたことがわかった。
「さらに母はがんを患っていました。でも入院費さえないと言う。父が堅い人だったからそんなはずはないだろうと思って、家の貯金通帳などを調べたら本当にないんです。いったいどうしたのかと聞くと、どうやら趣味のサークルなどで知り合った人たちに奢っていたみたい。それも食事などではなく、たとえば一緒に国内旅行や外国旅行をした人の旅費まで出していたんです。お金を介在させないと友だちもできなかったってことね、と言ったら、母が激しく泣き出しました」
わずかに残っていた株を換金して母の闘病に当てた。もともと家は借家だし財産と呼べるものもない状態。先のことをまったく考えなかった母に怒りが増すばかりだった。
>実家が立ち退きにあい、母とやむなく同居へ