子育て

遊び声が「騒音」と苦情を受ける子どもたちも“音”に疲れている?「吸音材」で保育施設の環境改善を

「子どもの騒音」が社会問題になっている一方で、子ども自身が人知れず「音」にストレスを感じて園や学校で過ごしているケースもある。一般社団法人「こどものための音環境デザイン」代表理事の船場ひさおさんと同理事の野口紗生さんに話を聞いた。

大楽 眞衣子

執筆者:大楽 眞衣子

子育てガイド

【写真提供】一般社団法人こどものための音環境デザイン

吸音材が使われていない保育施設。天井がかまぼこ型になっていると、音の反射が特定の箇所に集まりやすい。
【写真提供】一般社団法人こどものための音環境デザイン 佐藤将之氏(早稲田大学)【撮影協力】大久野保育園

子どもの「行き渋り」も懸念される時期。園や学校へ行きたくない原因の一つは、「音」にあるかもしれない――。そんな子どもをとりまく音環境に着目した研究が進んでいる。

特に近年、待機児童対策として増えた保育施設は、音環境に対する意識が甘くなりがちだ。吸音対策により保育室の喧騒を改善するだけで、子どもたちの行動が落ち着いたという事例もあった。

大人より“音に敏感”な子どもたち、周囲に気づかれにくい「音ストレス」

「音の感じ方は人それぞれですが、実は何気ない身近な音をストレスに感じている子は少なくありません。一般的に子どもは大人より聴力がよく、小さい音や、加齢とともに聴きづらくなる高い音までよく聞こえています。大人が気にならないような音でも、子どもは悩まされていることがあるのです」

と解説するのは、子どもと音の関係を研究する明治大学・早稲田大学博士研究員で一般社団法人「こどものための音環境デザイン」(ADC : Acoustic Design for Children)理事の野口紗生さんだ。

子どもが音に敏感なのは、周囲に気づかれにくい。不快だと感じる原因を追究したり、言語化して伝えたりすることが難しいからだ。しかしストレス環境にさらされて過ごすと、行動や体調に表れやすくなる。

「ひどく苦痛な場合は耳をふさぐ、泣く、暴力的になる、部屋から飛び出る、大声を出すという行動につながる子もいます。音の刺激が飽和状態になりぼーっとしたり、苦痛をひたすら我慢して受容したりするタイプの子もいるようです。そうするといつの間にかすごく疲労を溜め込んでしまい、体調を崩しがちになることもあります」(野口さん)

一般的な鉄筋コンクリート造の校舎や、間仕切りのないオープンプラン型の教室空間は、音が響きやすい場合も多い。そうした環境で感じる音が児童生徒の不登校につながるケースも出ているようだ。

「不登校というと学校での人間関係などが原因と思われがちですが、不登校支援に関わる方の話では、光や音などの環境が原因となる場合もあるそうです。なかでも、学校生活の騒がしさが耐えられないことが原因のケースも少なくないようで、子どもと音の問題は大きな課題になっています」(野口さん)

しかし音の感覚への配慮はあまり周知されていないため、人知れず子どもが苦悩するケースが少なくない。子どもの頃から周囲の騒がしさが苦手で、学校の休み時間は美術室で耳をふさいでうずくまっていたと吐露する大学生や、家族にも理解してもらえずつらかったと振り返る大学生もいるという。

近年の研究では、発達障害の背景に「感覚過敏」の問題があることが指摘されている。しかし、発達に課題がなくても、「日常の音」に対して苦手意識を持つ子どもがいると野口さんは指摘する。
 

保育施設に「吸音材」を設置することで起きた子どもの行動変化

【写真提供】一般社団法人こどものための音環境デザイン

保育施設の天井を新素材の薄型吸音材へ改修した事例
 【写真提供】一般社団法人こどものための音環境デザイン 佐藤将之氏(早稲田大学)【撮影協力】大久野保育園

なかでも、学校と比べて保育施設は音への配慮が少ない。学校は教室内の「騒音レベル(音の大きさの指標)」や「吸音性能」に関する望ましい値が示されてきたが、保育施設には示されてこなかったからだ。

保育室内での遊び声や泣き声などによる騒がしさは、音環境を整えることで大きく改善される。変わるのは音だけではない。子どもたちの行動にも変化が起こる。

「こどものための音環境デザイン」の母体団体である、日本建築学会「子どものための音環境ワーキンググループ」では、これまで保育学の研究者や現場関係者らとともに、数々の保育施設の音環境調査や音環境改善に取り組んできた。そこでは、吸音性能を向上させ室内の音がまろやかになると、子どもたちの遊び方が落ち着き、遊びも深まっていくという変化が表れた。

たとえば、保育室の天井に「吸音材」を設置することで、室内の喧騒感は緩和されて声が聞き取りやすくなる。これまでに調査した事例では、吸音材の設置により、立ち歩いて落ち着かない様子の子どもが減り、座ってひとつの遊びに集中する子どもが増えたそうだ。ごっこ遊びやじゃんけん、歌遊びなどでは、声を張り上げずに落ち着いて言葉を発するようになった(※参考動画「吸音材あり・なし聴き比べ」)。

「音の大きさだけでなく“響き”の影響も大きいです。先生や子どもたちの声が反響してしまうと何を言っているのか聞き取りづらく、遊びや活動にも集中できません。たとえば読み聞かせ中にそわそわしていた後ろの方の子が、吸音材を設置すると集中するようになった、という報告もあります。また、現場の先生から『これまで耳が痛くて読み聞かせの声を抑えていたけれど、吸音があると抑揚をつけて絵本を読めるようになった』という話もありました(※参考動画「響きの違う部屋における音の聞こえの違い」)。先生自身の表現の幅も広がりますし、子どもにとっても、言葉や表現を受け止めやすくなります」(野口さん)
 

「木の園舎」は音が響きやすい!? 困り果てる現場からの声

木で囲まれた温もりのある園舎が増えてきた近年、音の響きに頭を抱える園が増えてきているという。木材の利用は温かみなどの観点から増加している。しかし万全な音対策を取らないまま木の園舎を建ててしまうと、大きな問題にぶつかることになる(参考動画「音の響きを聞き比べてみよう」)。

「園舎を全部木で作ってしまったことにより、室内で音が響き過ぎて困っている、という園が今すごく増えています。木に囲まれた園舎だからいい、というわけではないんです。木は吸音しません。音に配慮した園では、木で格子を作ってその裏に吸音材を入れていますが、そこまでやっているところは結構少ないのです」

と話すのは、「こどものための音環境デザイン」代表理事で駿河台大学メディア情報学部教授の船場ひさおさんだ。

天井に「穴あき板」や「ロックウール吸音天井板」といった吸音材を設置すれば対策も可能だが、ハードルとなるのが資金面だ。

「音が響いて困っているものの、すでに木の園舎を新築し高額を費やしてしまったために改修する資金がない、という相談を全国から受けています」(船場さん)

改修資金のない園には、音を吸う素材のものを室内に取り入れたり、音を拡散させる工夫をしたりする対策をすすめている。具体的には、室内空間を装飾する、厚みのあるタペストリーやカーテンをかける、昼寝布団を積み上げる、凸凹のある絵本コーナーを設置するといった対処法だ。

「装飾などの方法は、現場主体で作っていけるということが魅力的だと思います。ただ、十分に性能を確保しようとすると、空間に圧迫感が生まれるケースもあります。見た目にもすっきりしつつ効率的に性能を確保するには、吸音材がおすすめです。また、これから建てる園は、必ず吸音に配慮してほしいです」(野口さん)
【写真提供】一般社団法人こどものための音環境デザイン

装飾による工夫。装飾を外したときに、音の響きをとても感じたという現場の声もあった
【写真提供】一般社団法人こどものための音環境デザイン 佐藤将之氏(早稲田大学)【撮影協力】大久野保育園

子どもだけではない、喧騒音は“保育者”のストレスにも

保育施設における日常的な喧騒音は、子どもだけでなく保育者のストレスにもなり兼ねない。騒々しさは「保育の質」にも影響すると考えられる。吸音材の効果は、保育者にも同様の効果があるという。実際に吸音対策後は「頭痛がなくなった」「耳が痛くなくなった」と保育者らが体調の変化に気づくそうだ。

「室内の音が落ち着いていると、保育者も子どもたちの声が聞き取りやすくなります。小さなつぶやきも聞こえるので遊びの内容を把握しやすく、反応しやすくなります。保育者自身も落ち着けるので、移動が少なくなり、大声で指示を出すことも減るのです。

また、子どもの言葉の聞き方、受け止め方という面でも、こうした音環境の変化は大きいです。大声だと“大きな音”という印象が先行してしまって、言葉の内容を深く受け止めにくくなりますが、穏やかな声になると、言葉を思いとともに受け止めやすくなります」

これから園選びをする保護者は、園の「音環境」も気にかけておきたい。新しく開放的で木の温もりのある園舎は魅力的だが、吸音対策がなされているかどうかも同時に確認した方がよさそうだ。また、ガラスも吸音しないため、窓が大きい開放的な印象の建物の場合も同様の視点が必要となる。

「園を見学に行ったとき、音の響きに耳を傾けてみてください。そこで子どもたちが叫んでいる、先生たちも大きな声を出しているという要素があると、ちょっと『ん?』と考えてほしいです。耳が痛いような感覚がしたら要注意です」と野口さんは助言する。

「子どもの騒音」が社会問題になっている一方で、子ども自身が音ストレスにさらされて過ごすケースも少なくない。子どもの騒がしい行動や落ち着かない様子が気になったら、子どもが感じている「音」に耳を澄ませてみることも必要そうだ。

>>「こどものための音環境デザイン」で公開している無料動画へ
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