タチの悪い嘘もつく
ミナミさんは、夫は自分を大きく見せたいのかもしれないと推察している。だが、どうして?と首をかしげるような些細な嘘や、たいして影響のない嘘は見過ごせても、悪意すら感じさせるような嘘には黙ってはいられなかった。「彼、実は一度結婚しているんですよ。学生時代に同棲していた彼女と婚姻届を出したそうです。それは婚姻届を書いているときに、彼がふと『前のときはさ』と言ったことで発覚しました。結婚していたなんていうことはあとで必ずバレるのだから、どうして言わなかったのと聞いたら、『ミナミに悪くて言えなかった』って。でもそのあとで、子どもがいるわけでもないし、言う必要もないと思ったと言うから、それって私は嘘をついてもいい存在という意味かと言ったんです。そうしたら『そんなことあり得ない。ミナミは大事な存在だよ』って。大事な存在にそんな嘘をつくのかなと言うと、首をかしげて、たいしたことじゃないと思った、と。彼の価値観がわからなくなりました」
とはいえ、流れ上、そこで結婚をやめるとも言い出せなかった。ただ、彼の口からはときどき「僕は親から大事にされなかったから」といじけた発言があるのが気になっていた。
「結婚してから義父母ともたまに会うようになりましたが、とてもいい人たちなんですよ。『あの子は3人兄弟の真ん中で、けっこう気難しい子だったの。あなたに迷惑かけてないといいんだけど』と義母に言われました。義母は過干渉でも放置でもなく育てて、大きくなってからは本人の意志を尊重したつもりなんだけど、あの子はいつも親の気持ちを試そうとするような子だったって。だから私にもそうするのかもしれないとわかりました。でもあんないい親を、虐待まがいに育てられたなんていうのが許せなくなって」
あるとき、ミナミさんは夫の両親を褒めた。“嫁”にはほとんど連絡せず、自由にさせてくれるし、義姉や義妹に聞いても両親のことは誰も悪く言わない。困ったことがあればいつでも言ってね。その一言だけはいつも言ってくれる。あんなにいい親はいないよと言うと、夫は少しうつむきかげんになった。
「でもオレのことは愛してなかったって言うんですよ。そこに誤解があるのなら解いたほうがいいんじゃないかと言うと、『どうせオレの被害妄想だと言われるだけだ』って。本当に被害妄想だと思うんですが、なぜ彼が被害妄想を抱くようになったかが問題だなと思ったんです。つい最近、義母に聞くと、『よくわからないけど、あの子が小さいときに私が体調を崩して半年くらい療養していたことがあるの。ちょうど3歳くらいだったから寂しかったのかもしれないわね』って。たかがそのくらいのことで今も親に怒りを持っていたり自己卑下したりしてるって信じられない」
嘘は単なる嘘ではなく、人の心を歪めていくのかもしれないとミナミさんは考えるようになった。
「夫の些細な嘘は今も続いているんですよ。共通の友人と飲みに行ったのに残業だと嘘をついたり。飲みに行くくらいで私が何か言うわけでもないのに。彼の嘘はどこから出ているのか。ひとつひとつ解き明かしたいんです。他人に大きな痛手を与えるような嘘ではないからこそ、彼の心理を知りたい。そう思っています」
これは彼女の夫への愛なのだろう。いつか夫が嘘をつかなくなる日が来るのだろうか。