寂しいと言えない男心
もちろん半年間セックスは一度もない。泥のように眠っている彼女を見ると、とても起こす気にはなれないし、性的関係を迫る気にもならないとタケルさんは言う。「僕、本当は寂しくてたまらないんです。家事をやるのは嫌じゃないけど、新しい食器を買っても模様替えをしても、彼女はまったく気づいてくれない。ときどき、家でも仕事のことを考えているように見える彼女に、『最近、こんな映画が話題だよ』と一緒に観に行かないかと誘っても、返事さえないことがある。僕より仕事のほうが大事なんだなと思うんです」
だからといって「寂しい」とは言えないと彼は言う。「男のプライドというものがある」と、なぜか急にプライドを主張する。
「心がどんどん削れていく感じ。僕は彼女が好きだから浮気なんて考えてもいないけど、このままいったら誰かに気持ちが移っていくこともあるかもしれない。それが怖いんです。もっとこっちを見てと言いたいけど言えない」
実はプロポーズしたとき、「結婚する気はない」と言って断られた。彼女は自分が仕事に没頭すると他のことは考えられなくなるし、同居したらきっと不愉快になると言っていたのだ。それを「どういう状態でもいい。結婚して一緒に歩いていきたい」と押し切ったのはタケルさんだ。だから今さら、文句は言えない。最初からわかっていたことでしょうと言われるだけだからだ。
「それでも、この状況が続くのはつらいですね。いつまでと期限があるわけではないから。彼女は子どもをもちたいと思うかどうかもわからないと言っていました。今に至るまで、もちたいとは思ってないみたいだし、そもそもそういう関係が途絶えているので……」
ここは一歩、踏み込むしかないと彼もわかってはいる。会話も減って、心がゆきかわなくなったと彼は思っているのだが、それを彼女はどう思っているのか。そしてつい先日、早めに帰宅した彼女に、彼は思いきって自分の気持ちを遠慮がちに言ってみた。
「もっと一緒にいる時間をとってほしい、前のようにたまには一泊でもいいから旅行したい、ゆっくりベッドで過ごしたい、ということをやんわりと。ミホは『ごめんね』と抱きしめてくれ、今、自分が置かれている状況を詳しく話してくれました。ここが正念場なんだ、この先、もっと上へ行けるチャンスが今自分にはあるんだ、と。目をキラキラさせてそう語る彼女に、仕事より僕を選んでとは言えなかった」
彼女は、「どうしても私に我慢できなかったら、離婚してもいいんだよ」と言った。それは離婚したいということではなく、「タケルの人生を私のために潰さないでほしい」という意味合いだった。
「そんなことを言われたら切なくなってしまって……。もうしばらくは我慢してみようと思っています。思い切って言っても何も変わらなかったのは残念だけど」
彼女は、今のところ、仕事さえあればひとりで生きていける人なのだろう。この先、何があるかわからないが、彼がいなくなっても仕方がないと腹をくくっているようにも見える。こんな“仕事中毒”の妻と付き合っていくのは大変かもしれない。決定権は彼の手に委ねられている。それが「ずるいし、せつない」とタケルさんはため息をついた。