少子化の原因は、国と国民が“敵対”している社会構造にある
「今の日本は、人間が本来もつ欲求である『子どもを望むこと』が難しくなり続ける社会構造にあると分析しています」というのは、「『ちょっといいこと』をもっと社会に」をコンセプトに、地域で人と人とをつなげる具体施策の研究開発や実装支援、システム思考を生かしたリサーチや事業支援などを行う一般社団法人たまに代表理事の佐竹麗さん。佐竹さんは、2021年にJST(国立研究開発法人科学技術振興機構)により実施された、「ムーンショット型研究開発事業 新たな目標検討のためのビジョン策定」に際し、「2050年までに、望めば誰もが将来に夢と希望を持って、子どもを産み育てられる社会を実現すること」をテーマとして研究目標の策定を行った「子孫繁栄社会構築チーム」に属し、企業、首都圏の出産・育児適齢期の男女などにアンケートやヒアリング調査を行いました。 その結果を踏まえて、複雑な状況下で変化に影響を与える構造を見極め、さまざまな要因のつながりと相互作用を理解する「システム思考」と、それらを視覚化した「因果ループ図」の手法を用いて「子どもを産み育てる社会構造に関する調査分析レポート」(2022年2月)をまとめました。
「現在、国は出生率と労働者数を共に増やすためにさまざまな施策を展開しようとしています。しかし高齢化が進んで“シルバー民主主義”が主流となり、子どもを産み育てる世代には関わりの薄い政策目標を掲げることが、票の獲得につながる状況にあるといえます」と佐竹さん。 2023年4月にこども家庭庁が発足し、少子高齢化による人口減少などに対する抜本的な対策が期待されていますが、現状の日本の施策の課題について聞きました。
「現状では『支援が限定的で、自分やわが子の将来が保障されていない』という認識が国民側にあり、その不安を解消するために、子どもが小さい頃から塾に通わせたりといった“自助努力”で教育に投資する家庭も少なくありません。これにより、『子どもを持ち育てるのは、お金を含めた負担があまりに大きく大変』という社会通念が一般化し、国民が子どもを望むことそのものに難しさを感じるようになることで、少子化が加速するなど悪循環を生み出しているといえます。
また、政府は企業に対し、産休育休の取得や労働時間の短縮を促していますが、ある調査によると、『従業員の労働時間の短縮など一連の働き方改革で業務が効率化した企業は、全体の16%のみにとどまる』という結果が出ています。
言い換えると、労働時間の短縮は、およそ8割の企業で総生産量の低下につながっており、労働者にとっては、プレッシャーの増加や労働条件の悪化などを招き、結果的に子育て世代の心身の余裕を奪っていたとみることができます。つまり、誤解を恐れずに申し上げると、構造的には、リサーチ実施当時行われていたいわゆる『働き方改革』は、少子化を加速させていた可能性が高いといえるのです」と佐竹さん。
本来なら、「国による一貫性のある総合的なサポートにより、出産・育児適齢期の国民に心身の余裕が生まれ、子育てと並行して働く人の数が増える」という好循環が生まれることが望ましいのですが、現状は、「残念ながら『予期せぬ敵対者』と呼ばれるシステム原型(典型的なうまくいかない構造)に陥っており、国と国民が図らずも構造的に敵対してしまっているのです」と分析します。
今の日本は、子育て世代だけでなく、あらゆる年代で“生きづらさ”を感じている国民が少なくないことは、不登校や自殺の増加、介護をめぐる家庭内でのトラブルや事件の多発などから明らかであるといえるでしょう。これらの要因も、佐竹さんのいう“国と国民の構造的な敵対関係”が背後にひそんでいるような気がしてなりません。
国と国民の双方がWin-Winになれるような施策が必要
たとえば、ハンガリーでは、少子化対策として「3人産めばローンの返済不要」「子どもがいる家庭に不動産購入補助」など、思い切った施策を打ち出しています。また、北欧諸国やフランスなどでも、政策対応により少子化を改善し、合計特殊出生率を回復させている傾向が見られますが、日本の施策はどうあるべきかを聞きました。「国も国民も、『この国の少子化を改善したい』、言い換えると『もっと多くの子どもに恵まれる国になってほしい』と本気で望むのであれば、このレポートでお伝えしたように、全体の構造を捉えた上、国と国民の双方がWin-Winになれるような施策を、全体感を持って設計していく必要があります。
お金は大切ですし、育児や教育にもっと予算を投資すべきと考えますが、一方で財源は有限であり、また、お金で解決できることも限られています。だからこそ、『待機児童が増えたから保育園を増やす』などスポット的に課題を解決していくのではなく、社会の宝である子どもの成長を長期的な視座でとらえ、『日本は将来どんな国をめざすのか』を国と国民で共有し、子育て支援を未来への投資としてとらえること、それを国民がポジティブに受け止めていくことが、安心して子どもを生み育てることのできる社会につながっていくのではないかと思います」と佐竹さん。
同レポートで、一都三県の出産・育児適齢期(20~44歳)の男女1100名に行ったアンケート調査によると、
- 既婚男女が希望する子どもの数は「2人以上」という回答が約65%
- 一方で、「子どもを望まない」と回答した人は約23%
- 子どもを産み育てるために必要な要素は、「今より多い収入」(77.1%)、「健康・体力面」(50.1%)、「仕事との両立」(37.5%)、「子どもを産み育てるための時間」(35.7%)、「いざという時に頼れるネットワーク」(29.5%)などと回答
- 子どもを生み育てるために国に求めることは、「税制や各種手当などによる収入格差の解消」(52.7%)、「出産や育児・不妊治療に関わる費用のより大きな補助」(51.2%)、「保育施設や学童施設など、子どもを預けられる施設や仕組み」(47.2%)、「子どもがのびのび育つ社会環境・教育環境」(46.3%)、「企業や組織に対する、産休・育休取得への強い介入」(35.2%)、「労働環境の改善」(35.1%)、「いざというときに頼れるネットワークや仕組みづくり」(33.5%)などと回答
ここでも、多くの国民が子どもを産み育てるにはお金がかかると認識していることがわかります。また、家庭の状況に応じた子育て支援の拡充を望んでいる、そしてそれはスポット的な施策では解決できない問題だということも示されてるのではないでしょうか。
地域のつながりを意識したマインドセットを育てていくことが大切
同レポートでは、「子どもの貧困」についても言及しています。厚生労働省の「子どもの貧困への対応について」(令和4年7月)によれば、親などが貧困の状態にある家庭で育つ18歳未満の子の割合を示す、日本の子どもの貧困率は13.5%。なかでも、ひとり親世帯については48.1%で、約半数が貧困状態にあることを示しています。 「子どもの貧困を改善するためには、家庭の収入や生活の安定が欠かせません。日本では、自治体や地域のNPO団体が貧困家庭にさまざまな支援のメニューを用意していますが、本当に支援が必要な家庭にはそれらが届いていないという現状があります。
貧困家庭支援の現場では、自治体や支援団体に『ある家庭の養育者が子どもを虐待している』という情報が入ったとしても、その家庭内に深く踏み込むことは、個人情報・人権保護の観点や担当者レベルの権限などから容易ではありません。
このレポートを作成するなかで私たちは、“地域における人とのつながりの強化”が、貧困対策を必要とする家庭と支援を結びつけるためにも、子どもを産み育てる際の心身の余裕を生み出すためにも、重要な要素であるという確信を新たにしました」
佐竹さんは続けます。
「都市化、情報化社会に追い打ちをかけるように新型コロナが世界をおそい、ここ数年で、人々の孤立・孤独が加速度的に進行しました。また、核家族化、地域社会の希薄化により、妊娠・出産・子育てを間近で見る経験が大幅に減少し、身近な人の子育てを垣間見る経験のない男女がいきなり育児という未知の世界に足を踏み入れ、喜ぶ間もなく『この子をどう育てればいいのか』といった戸惑いの気持ちを抱くという話もよく聞きます。
こんな時代だからこそ、私たち一人ひとりが社会を形づくる一員であるという当事者意識をもちながら、ご近所さんに会ったら挨拶するとか、困っている人を見かけたら声をかけるとか、地域のつながりを意識したマインドセットを育てていくことが大切だと思います」
ハートをモチーフに活動しているアーティストを呼び、都心にある佐竹さんの事務所兼自宅の外壁にマスキングテープで巨大なハートを描くワークショップを行ったところ、ご近所からの反響が思いのほか大きかったそう。「ささやかな試みでしたが、たくさんの人の笑顔が見られたあたたかな時間でした。周囲の方たちと心地よくつながるために、できる人ができることをしていけば、未来の景色は少しずつですが、確実に変わっていくだろうと実感しました」 と佐竹さん。
「国と国民が“予期せず敵対している”現在の日本の構造を一朝一夕で変えていくことはできませんが、この現状から決して目をそらさず、システム全体の構造を踏まえたうえで、より効果的な介入ポイントを見つけ出し、有効な施策として働きかけていくことが大切であると考えています。
そのためには、自分も社会を構成する一人であること、自分のふるまいが世の中にさまざまな影響を与え、今の悪循環の構造を良い循環に変えていくことができるかもしれないと意識し行動することが必要であり、これからの社会によい影響を及ぼしていくのではないでしょうか」と佐竹さん。
行政や政治をすぐに変えるのは難しいかもしれませんが、ご近所や地域、子どもが通う園や学校、PTAなど、まずは自分の身近な世界でその場をよりよくするために声をあげたり、当事者同士で対話を重ねたりなど可能な範囲で行動を起こしたりすることが、社会を変えていく第一歩となるのではないでしょうか。
【取材協力】
一般社団法人たまに
子供を産み育てる社会構造に関する調査分析レポートダウンロードページ
【参考】
子どもの貧困への対応について(令和4年7月)厚生労働省