形見だけでも
サキさんは遺産など考えたこともなかったが、「養母が大事にしていた着物とアクセサリーの一部を私にくれると言っていたのを思い出した」ため、弟妹に連絡をとった。「すると仲のよかった弟妹の態度が一変していたんです。『あんたはもともとうちの子じゃないよね』と弟が言い出し、妹も『遺産は私と兄さんのものだから。相続放棄の書類を送るからよろしくね』って。養女とはいえ、私にも相続権はあるはず。ただ、私は遺産がほしいわけじゃなくて、形見がほしかった。そう言ったら、弟は『あんたが大学を卒業するまでに、いくらかかったと思ってるんだ』と。あんなに仲良くしていたのは何だったのかと、養父母が亡くなった上にさらなるショックが重なりました」
夫は怒って弁護士を立てようと言い出した。だが、夫が怒っているのはサキさんの心情を理解していたわけではなく、「遺産が入らない」ことに対してだった。サキさんは、そのことにも大きな衝撃を受けた。
「夫は車を買い換えたいんだよと言うんです。私にしてみたら、何を言ってるのかさっぱりわからない。あなたには何の権利もないからと言ったらふてくされていましたが、夫の態度にもがっかりしました。去年は本当に誰も信じられないような状況だった」
その後、知り合いから弁護士を紹介されて相談。結局、弟妹も大きなもめごとにしたくなかったのだろう。サキさんは遺産の一部である200万円ほどと、望み通り養母の着物と真珠のネックレスを形見分けされた。
「実家は県庁所在地にあってけっこう大きいし、実直な養父母のことだからそれなりに貯金もありました。でも弟妹は『相続税もかかるし、家だって古いし価値はない』と言って、私の取り分は200万円だと。弁護士さんにもっと闘うこともできると言われましたが、私は形見さえ手に入ればよかった。200万円は子どもたちのために貯金しました。この経緯に関しては夫にはほとんど話していません。形見分けしてもらったことだけ伝えました」
夫は「なんだ、遺産は入らなかったのか。けっこうため込んでいると思ってたんだけどなあ」とつぶやき、サキさんを激怒させた。
「夫との間に、今まで大きなトラブルはなかったんですが、今回の件で夫への信頼感は一気に崩壊しました。夫はあとから『きみがあまりに落ち込んでいるから、励ますつもりの冗談だったんだよ』と言いましたが、車を買い換えたいというのは本音のはず。私の親が亡くなって私がどれほどショックを受けているか知っているくせに、どうしてああいうことを言うのかその無神経さが我慢できなかったと言ってやりました。夫はやっと私の怒りがわかったようで、それからは私の顔色をうかがっている感じ。でも私は一生、許すつもりはありません」
もちろん、本当のきょうだいとして育った弟妹への絶望感もサキさんの心を傷つけた。お金を前にすると、人は気持ちがおかしくなるのか、あるいは本性が出るのか。いずれにしてもサキさんの心の傷はまだまだ癒えそうにない。