父親が急死した……
その後、ミズホさんはケンさんの家には行っていないし、ケンさんがミズホさんの実家に行ったこともない。ミズホさんがその必要性を感じなかったからだ。「彼が実家から、『あのときのミズホさんとはまだ付き合っているの?』と聞かれたりはしていたみたいです。彼もあんまりはっきりとは言わないけど。そして半年ほど前、彼のお父さんが急逝したと報せが来ました。本当に急だったので、彼はぶるぶる震えていました。さすがに私も放っておけなくて、荷物を作って彼を東京駅まで送りました。新幹線の切符を買うのさえしんどそうだった。でも一緒に行こうかとは言えなかった」
彼も一緒に来てほしいとは言わなかった。結婚していない以上、こういうことが起こりうるのはお互いに想定していた。その時が思いがけなく唐突に来ただけのことだ。お互いのことそのものなら助けになるつもりはあるが、身内のことには関わらないほうがいい関係が築けると思っていたのだ。
「その後、お通夜とお葬式があって、彼は“長男として”立派に振る舞ったようです。お姉さんは相変わらず『ミズホさんと付き合ってるんでしょう。連れてくればよかったのに』と言っていたようですが……。わかってもらおうとは思っていないけど、あとから彼に『ミズホにいてほしかった』と言われたときは少し心が痛みました。でも私は自分の身内に何かあっても、ケンにいてほしいとは思わないんですよ、たぶん」
このままの関係でいいのかと、ミズホさんが揺れた瞬間でもあった。だが彼が戻ってきて、またふたりとも仕事に追われる日常になると、やはり「普通の家庭を作る」つもりはないと確信した。
「いつかケンに逃げられるかもしれませんが、それはふたりが合わなかったということ。私の生き方を強要するつもりはないので、これからもケンには正直でいてほしいなと思っています」
自分の生き方に嘘はつきたくない。ミズホさんは真摯な表情でそう言った。