何かがおかしい
お互いの生活パターンも人間関係もわからないままに始まった生活。彼も彼女も親には電話で「結婚した」と告げただけだった。「そのあたりの家庭環境は似ていたみたいですね。うちも彼の家も、いい年した大人なのだから好きにしなさいという感じで。その後、ふたりで休みをとって遠方の彼の家、比較的近い私の実家に行って紹介はしました」
けじめがつかないから、友だちを呼んでレストランでパーティーでもしようかとも話し合った。だがそれ以前に、彼の過去や人となりをじっくり知りたかった。
だが毎日、ふたりとも仕事がある。仕事を終えるとできるだけ早く帰って話をするのが日課となった。
「楽しかったですよ。最初の2カ月くらいは。家事分担で揉めたことはありません。ふたりともひとり暮らしが長いから、なんとなく阿吽の呼吸でできることをできるほうがやるという感じでした」
だが2カ月が経過したころから、彼の帰宅時間が遅くなっていく。「仕事が忙しくなって」というのを信じていたが、どことなく彼が沈んでいるような気もした。
「付き合いが浅いので、気持ちが落ちたときの彼がどういう態度に出るのかなんてまったくわからない。そもそもどういうときに気持ちが落ちるのかもわからない。疲れているんじゃないのとありきたりのことしか言えませんでした」
彼がひどく酔って帰宅したことがある。あまり酔ったところを見たことがなかったので、玄関で大の字になった彼に驚いた。部屋まで引きずっていこうとしたが重くてできない。そのとき彼の胸ポケットから携帯電話が覗いているのに気づいた。
「たまたまメッセージが来ていたので、彼の指を使ってロックをはずし、見てしまったんです。女性からでした。『結婚してからますますパワフルになったわねー』なんて、危うい言葉が書いてあった。これは怪しいと彼女からのメッセージを全部見ました。そしてわかったんです。彼女はそのマンションの近所に住む主婦で、私たちより18歳年上、当時51歳だった。
正直言って、そんな年上のおばさんと関係を持っていることが信じられなかった。気持ちが悪いと思いましたね。もちろん、私もいずれその年齢になるのはわかっているけど、33歳の新婚の男性が51歳の女性と関係をもっているっておかしいでしょ」
もちろん、その女性との関係は結婚する前からだったのだろう。相手が主婦だから、自分も結婚すれば対等になると思ったのだろうか。
「翌日、もちろん夫に携帯を突きつけたけど、『ああ、それは冗談なんだ。実はその彼女が小説を書いているので、試しに年上女性との恋ということでメッセージのやりとりだけしてる』と言うんです。そんなこと、あるわけないと叫んでしまった記憶があります」
夫はそれ以降、開き直ったのか、堂々と朝帰りをするようになった。だが、フミさんに冷たくなったわけではなく、むしろ以前より彼女にスキンシップを求め、「大好きだよ」とささやくようにもなった。
おそらく、夫の年上の恋人を認めさせたかったのではないかとフミさんは言う。
「別居したきっかけは、夫が私の腕をさすりながら『若い肌だよね』と言ったこと。褒めたつもりかもしれないけど、18歳年上の女性と比べられて褒められても気持ちが悪いだけでした」
何をどうひねって考えようと、夫を擁護する立場にはなれない。誰に話しても、みんなそう言うとフミさんは呟いた。