ビタミンKの供給源としての発酵食品
納豆など発酵食品にビタミンKが多く含まれるのはなぜ?
ビタミンKは、脂溶性ビタミンの一種で、血液凝固や骨の形成に大切な働きをしています(詳しくは「ビタミンKとは…多く含む食品・止血に欠かせない大切な役割」や「ビタミンKの役割と働き…血液凝固と骨形成に欠かせない栄養素」をお読みください)。そもそもビタミンとは、「生物の生存・生育に微量に必要な栄養素で、その生物の体内で十分な量を合成できない炭水化物・タンパク質・脂質以外の有機化合物」と定義されています。ビタミンKも私たちの体内では必要量を作ることができませんので、食べ物から摂り入れる必要があるのです。
ビタミンKを比較的多く含む食品としては、ほうれん草、小松菜、春菊など緑色の濃い野菜や海草類が挙げられますが、納豆、チーズ、キムチなどの発酵食品にもビタミンKが含まれています。
なお、「ビタミンK」は、似たような化学構造をした化合物の総称で、実際には、たくさんの種類があり、食品によって違う形のビタミンKが含まれています。「ビタミンKを多く含む食べ物・ビタミンKの種類」で解説したように、緑黄色野菜、植物油、豆類、海藻などの植物性食品に含まれるビタミンKは、ビタミンK1です。一方、発酵食品に含まれているのは、ビタミンK2です。
さらに、ビタミンK2は、化学構造中に含まれる側鎖の長さによって、MK-1~16までが知られており、発酵食品のうち最もビタミンKが豊富だと言われる納豆にはMK-7、チーズにはMK-8、キムチにはMK-6が含まれています。
そこで今回は、発酵食品にはどうしてビタミンKが多く含まれているのか、それぞれの発酵食品で含まれているビタミンKの種類が違う意味について詳しく解説しましょう。
なぜ発酵食品にビタミンKが豊富なのか? 微生物が作り出すビタミンK
「発酵」とは何かを考えてみましょう。「酵」の漢字は、音読みでは「こう」ですが、訓読みでは「こうじ」であり、もともとお酒を造るときに使われた材料(酒母)、またはそれが醸熟して泡立つ様子を表しています。そして「酵」を始める、起こすことが「発酵」です。かなり古い時代から私たち人類は、時間が経つと食品に得体の知れないものが生えてくることを知り、それを「カビ」と呼びました。カビは食品を腐敗させる一方で、時には食品をおいしく変化させることにも気づきました。そして、その不思議なカビの力を応用して、食品を加工する技術を編み出しました。たとえば、奈良時代初期にまとめられた『播磨国風土記』 には 「カビが生えた飯で酒を造った」 という記述があるそうです。もちろん当時は、カビの実体や発酵のしくみはまったくわかっていませんでしたが、後にそれが酵母や細菌などの微生物の生命活動によって生じる化学反応(より具体的には有機化合物が分解されて、アルコール、アミノ酸、二酸化炭素などが生成される過程)であることが明らかにされたというわけです。
穀物や果物を発酵させて製造される酒は、代表的な発酵品ですが、それ以外にも、日本の伝統的な発酵食品として、納豆、醤油、味噌、漬物、鰹節などがあり、世界ではパンやヨーグルト、紅茶、キムチなどがあります。そのほとんどの発酵食品には微生物が関わっており、その微生物がビタミンKを作り出しているのです。
腸内細菌の量で変わるビタミンKの量
ビタミンKを産生するのは、発酵食品に関わる微生物だけではありません。私たちの体がもっている腸内細菌(主に大腸菌)も、ビタミンKを作り出してくれます。そして、私たちは腸内細菌が産生してくれたビタミンKを体内に吸収して利用することができるため、腸内細菌叢が発達した大人では、食事からのビタミンK摂取が少なかったとしても、そうそう欠乏状態に陥ることはありません。ただし、腸内細菌との関連で、ビタミンK不足になることがあります。一つは赤ちゃんの場合です。生まれて間もない新生児は、まだ腸内細菌が少ないので、積極的にビタミンKを摂らないと不足しがちになります。もう一つは、感染症対策のために抗生物質をのんだときです。抗生物質は悪さをする細菌の増殖を抑えることを目的に使いますが、良い働きをしてくれている細菌も減らしてしまいますから、自ずと腸内細菌からのビタミンK供給が減ってしまい、ビタミンK不足になることがあります。
大腸菌の中には、病原性のものもあり、食中毒を引き起こすこともあるので、悪者とみなされがちですが、大半の大腸菌は無害です。それどころか、ビタミンKを作って私たちを助けてくれていると知ると、ありがたい存在に思えてきますね。
細菌は何のためにビタミンKを作るのか
私たちからすれば「細菌がビタミンKを”作ってくれている”」と思えますが、実際のところ、細菌は私たちを助けようと思ってビタミンKを作っているわけではなく、自身が生きるために作っているのです。ビタミンKには多種類ありますが、すべてのビタミンKに共通して含まれるベンゾキノンという構造は、条件次第で容易に可逆的な酸化還元反応を生じる性質があるので、多くの生物がエネルギー産生のために利用しています。細菌も同じです。この地球上で比較的原始的な生命体である微生物は、ビタミンKを自分で作ることで、エネルギーを生み出しながら生き延びてきたのです。そして、動物の腸内を住処として間借りした一部の細菌が有するビタミンKが、奇遇にも動物の生命維持にも役立つようになったものと思われます。要するに、ビタミンKは、細菌と動物両方の命を支えているのです。すごいですね。
発酵食品ごとに含まれるビタミンKの種類が違うのはなぜか
上述のように、発酵食品の中でも、納豆にはMK-7、一般的なチーズにはMK-8、キムチにはMK-6というように、違うビタミンK2が含まれています。それはおそらく、それぞれの発酵食品に関わる微生物ならびにその生育条件の違いを反映しているものと思われます。納豆には納豆菌(枯草菌の一種)、チーズやキムチには乳酸菌が利用されます。乳酸菌と一言で言っても、たくさん種類がありますし、複数の菌株を組み合わせることでいろいろなチーズが作れます。白カビや青カビが利用されることもあります。
ビタミンKがエネルギー産生に利用できるためには、可逆的な酸化還元反応が進行することが必要になりますが、ビタミンKの種類によってその化学反応に適した条件が異なります。それぞれの微生物が異なった生育環境で生き延びていくためには、その条件で最もよく機能する種類のビタミンKをもつべきですね。そのため、納豆菌や様々な乳酸菌は、異なった種類のビタミンKを作るようになったのではないでしょうか。いや、「作るようになった」というより「作れるものが生き延びた」と考えた方が分かりやすいかもしれません。たとえば、いろいろな納豆菌がいて、それぞれ作れるビタミンKの種類が違っていたとして、ある限られた環境の中で優先的に生き残るのは、最も効率よくエネルギーを生み出せるビタミンKを作れる納豆菌になるでしょう。そうした自然淘汰の結果として、MK-7を作る納豆菌が現存し、私たちが食する納豆の製造に利用されるようになったということかもしれません。