薬の名前の中に、こっそり団体・会社名が入っていることも……
会社や団体名を密かに入れている薬も
みなさんは、ご自分やご家族が使っている薬の名前を覚えていますか? 薬の処方箋や説明書に書かれた薬の一般名は、カタカナだらけで、しかも馴染みのない響きでイメージが沸きにくく、覚えにくいと感じることでしょう。
薬は化合物ですから、多くの名前は、化学構造に基づいてつけられています。したがって、ある程度有機化学の学習をして、いろいろな化学構造名を知っていないと、薬の名前の成り立ちがよく理解できないこともあります。しかし、一部の薬の名前の中には、神話に関係したものや、薬の色を反映したもの、人名や地名などを含んだものがあり、知るとなかなか面白いです。
今回は、名前の中にその薬を開発した団体や会社名がこっそり入っている薬の例を紹介しましょう。
血液凝固を抑える「ワルファリン」に隠れた団体名
「ワルファリン(warfarin)」は、血液凝固を抑える作用があるので、血栓症の予防によく用いられています。名前の由来にも関わっているので、この薬がどうやって誕生したのかから解説します。1920年代前半に、アメリカ北部とカナダで、スイートクローバーなどの貯蔵牧草を食べた牛の出血が止まらず死亡する病気が発生しました。貯蔵牧草にはカビが生えており、どうもそれが原因らしいということで調査が続けられ、1930年代になってウィスコンシン大学の研究チームが、放置された干し草にはジクマロールという物質が混在していて、それが血液凝固を阻害していたことを突き止めました。
よく「血液サラサラ」などと表現されますが、酸素や栄養分が私たちの体中にくまなく運搬されるためには、通常、血液は水のようにスムーズに流れているべきです。しかし、外傷などによって出血した場合には、血流を止めなければなりません。そんなときに働く仕組みの一つが「血液凝固反応」です。肝臓で作られる「血液凝固因子」と総称される何種類のもののタンパク質が協力して傷口の血液を固めて出血を食い止めてくれるのです。ジクマロールの作用で血液凝固因子が働かなくなった牛は、出血が止まらず死亡してしまったのでした。
こんな恐ろしいジクマロールの作用でしたが、私たちの生活を脅かすネズミの駆除に使えるのではないかと考えられて、さらに研究されました。具体的には、ジクマロールよりも強く効く類似化合物が探され、見つかったのがワルファリンでした。1948年には実際にネズミの駆除剤(殺鼠剤)として発売され、たくさん使用されてきました。
しかし、考え方を変えると、血液凝固を強く抑えることができる化合物は、病気の治療に役立つ可能性があります。たとえば、血栓症という病気は、様々な要因で血管内で血液が凝固してしまって血液が流れなくなり、心筋梗塞や脳梗塞を引き起こします。毒性を生じない程度の少量のワルファリンを使って血液凝固を適度に抑えることができれば、血栓症の治療や再発防止に役立つと考えられます。
ただ、いくら病気の治療のためとは言え、殺鼠剤として使われている薬を自分が使いたいと思う人はまずいませんね。しかしこの不安を解消してくれる出来事が起こりました。1951年にアメリカのある軍人が、ワルファリンを含む殺鼠剤を使って自殺を図ったのですが、当時解毒剤として既に知られていたビタミンKを投与することで回復したのです。ワルファリンを使って万が一のことがあっても解毒剤が救ってくれるーということが明らかになり、1954年からワルファリンをヒトへ投与することが正式に認められました。また、1955年には、アメリカのアイゼンハワー大統領が心臓発作を起こして倒れたのですが、ワルファリンを投与されて助かりました。これらの出来事がきっかけとなって、ワルファリンは、医療に貢献できる薬として認められるようになったのです。日本では1962年に発売され、今でも使われています。
前置きが長くなってしまいましたが、問題は名前の由来でしたね。実は、ワルファリンを見出して開発したのは、アメリカの「Wisconsin Alumni Research Foundation」という研究財団です。この頭文字をとった“WARF”に、クマリン(coumarin)誘導体であることから -arin を足して warfarin と名付けられたというわけです。
好中球を増やす「ミリモスチム」に隠れた会社の名前
ミリモスチム(mirimostim)は、造血幹細胞から単球/マクロファージ系細胞への分化・増殖を刺激するマクロファージコロニー刺激因子(macrophage colony-stimulating factor:M‐CSF)製剤の1つで、白血球のうち顆粒球(とくに好中球)を増やす効果があります。1978年に森永乳業株式会社と株式会社ミドリ十字が研究を開始し、1979年にヒト尿中よりM-CSFの抽出・精製に成功、そして1991年に白血球減少症治療薬としてミリモスチムを発売しました。お気づきだと思いますが、森永乳業とミドリ十字が共同開発したので、両社名(morinagaとmidori)に共通した響きの miri を頭に付して、mirimostim と名付けられました。
なお、諸般の事情により、ミリモスチムは2019年6月末をもって販売中止となり、今は利用できなくなっています。
関節リウマチの治療薬「サリルマブ」に隠れた会社の名前
サリルマブは、関節リウマチの背景にある免疫異常に関与するインターロイキン-6(IL-6)の受容体に特異的に結合してIL-6の働きを阻害する抗体医薬品で、関節リウマチの治療薬として用いられています。フランスのサノフィ(Sanofi)社とアメリカのリジェネロン・ファーマシューティカルズ(Regeneron Pharmaceuticals)社が共同開発したので、”Sa”nofi+”Re”generon を短縮した「サリ」を頭に付して、sarilumab と名付けられました(sare → sariと綴り替え)。
作った団体や会社の名前が薬の名前に組み入れられている例はそれほど多くありませんが、今回紹介した3つ以外にもまだあります。興味のある方は、ぜひご自分で調べてみてください。